【10枚目】高級ステーキ弁当の味がしません。
「ラ、『ラッキー⭐︎スケベ』?!ルーク様、私、そんな魔法、初めて聞きましたわっ。」
そう言ってエリザベス様が動揺している。
(しょ、しょうもないっ!!)
あまりの下らない魅了魔法の名前に私は戦慄する。
だが、ルーク様は深刻な顔をしている。
「この魔法は、狙った異性の目の前で『ラッキー⭐︎スケベ』が起こり、さらにその瞬間特殊な魅了魔法が発動するんだ。
これにかかったが最後、よっぽど強い意志を持っていない限りターゲットは洗脳されてしまう。」
…くだらないけど、すごく強力な魔法だった!!
「…しかもタチが悪いのは術者本人は魔法を使っている意識がないものと思われることだ。
また、特殊な魔法なので検知することが極めて難しい。
だが魔法を使っていた証拠さえ手に入れば、多くの令息を惑わし、混乱に陥れたとして退学にすることはできる。
そして、厄介な事にこの魔法は、魔法をかける時しか魔力反応が出ない。
だから、ミラ•エマーズには、誰かに魔法をかけてもらう必要がある。」
「…え。でもそんなもの、引き受けてくれる伯爵家以上の顔の良い令息なんていらっしゃるのでしょうか。…というか、もうほとんどかけられてしまっているのでは。」
そう言ってユリアちゃんが疑問を投げかけると、ルーク様とハリス様が目配せをし合う。
「ああ。昨日、2人できちんと話し合った。
その結果、ハリスに囮になってもらうことになった。」
(…え。)
その瞬間、心臓が嫌な音を立てた。
(それって、ハリス様がミラ•エマーズに魅了魔法をかけられるっていうこと…?)
ふと、斜め前にいたハリス様の方を見ると、何故か目が合った。
いつも最近ルチアと目が合うと口角を上げてくれるのに、今は何を考えているか分からない。
(…嫌だ。)
「…ルーク様っ!
嫌ですっ。カール様のみならず、もしお義兄様まであの女に心を奪われてしまったら私、立ち直れませんわっ。」
そう言ってエリザベス様はルーク様を睨みつけた。
「だが、この作戦を外に漏らす訳にもいかない。それに、本人に強い意思さえあればこの魔法は弾くことが出来る。
私はハリスなら術を弾くことが出来るのでは、と信じている。
ハリス。
昨日も伝えたが、1ヶ月以内におそらく魅了魔法を感知出来る魔道具が完成する予定だ。
それまでに心の準備をしておいてくれ。」
ルーク様はそう言って淡々とハリス様に囮になるように命じた。
ハリス様はしっかりとした声で
「はい。承知しました。」
と言った。
「…お義兄様っ!!…どうして…。」
とエリザベス様がハリス様の方を泣きそうな顔で見る。
すると、ハリス様はポンポン、とエリザベス様の頭に軽く触れてから、
「リズ。大丈夫だ。私は絶対に洗脳などされない。」
と言った。
それを見てルーク様は満足そうに頷き、エリザベス様は目を見開いた後、
「…もう。もし、本当に洗脳されてしまったら、私絶対許しませんからねっ。」
と言ってそっぽを向いた。
その後、皆が談笑しながらルーク様が差し入れして下さったステーキを食べた。
きっと、ルーク様が差し入れてくれたものだから、最高級のものなのだろう。
お箸で身が切れるくらい柔らかくて、隣でモニカが
『美味しい…!!!』と感嘆の声を上げていた。
それなのに。
まるで、何故か砂を噛んでいるように味がしなかった。
皆が何かを楽しげに話していたけれど、全然頭に入ってこない。
そんな私をハリス様とモニカ、そしてユリアちゃんが心配そうに見ていたことなんて全く気付かなかった。
◇◇
次の日。
今日も私は、学園の50m程前で馬車を降ろしてもらった。
(昨日は何故か全然眠れなかったなぁ…。)
心の中で溜息を吐く。
「お嬢様…今日は何だか顔色が優れませんが…。」
アンは純粋に心配そうにしている。
「あー…。大丈夫だよ、気のせい気のせい!アリス、今日も私、頑張るわっ。」
そう言って私は食パンを口にセットして馬車を降りた。
何となく去っていく馬車を見届けてからトボトボと歩き出す。
「…やー、遅刻遅刻…。」
小さな声で呟いてみるけれど、なんだか元気が出ない。
歩いていたらジローが心配したように擦り寄って来た。
「…くぅーん。」
「ジロー…。心配してくれてるの?ありがとう。」
そう言いながらしゃがみ込んで背中を撫でる。
すると、力んだ顔をしてかりんとうを作成すると、満足げに去っていった。
(泣きっ面に蜂とはこのことかっ!!!
…どうして私はこんなに落ち込んでいるんだろう。
ハリス様がミラ•エマーズに魅了魔法をかけられると聞いて、あんなに嫌だったのは、どうしてだろ?)
すると、後ろから走ってきた馬車が隣で停車して、男の人が降りてきた。
思わずビクッとしてしまう。
すると、聞き慣れた声に話しかけられた。
「… ルチア•トラボルタ嬢。今日は全然パンが減っていないし、走っていないのは何故だ。」
そう言って、ハリス様は私を見つめる。心配そうに眉を下げながら。
「…おはようございます。
…えへへ。さっき、朝ごはん、食べすぎちゃったかもしれないです。」
そう言って、私は無理矢理笑った。
すると、数秒黙り込んでからハリス様は顔を上げた。
「…明日は祝日だが何か予定はあるだろうか。」
「…へ?え、いや。ないです…けど…。」
私は驚いて思わず目を見開いて固まってしまう。
すると、ハリス様はなんと、とても嬉しそうに微笑んだ。
(…わ。)
思わず目が離せなくて、見つめてしまう。
ジロー作のかりんとうの前で見つめ合う二人。
「良かった。では、私と2人で出掛けよう。
明日の11時に、サンティス広場の噴水前で待っていて貰えるだろうか。」
それは、食パンダッシュを始めてから21日目の朝だった。
くさっ。でも嬉しい。




