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錢館  作者: あ行
22/24

22鬼

 パチパチパチ

「流石に今日泊まるところを探さないといけませんね。」

「あ、あの人に聞く?」

 あの人……箒を持って玄関の掃き掃除をしている子供の事だろう。

「あの、少しお時間よろしいでしょうか。」

「はい、何でしょう。」

 執事と子供、背は同じくらいの高さだろう。

「ここら辺で安く泊まれる宿とかってありますか。」

「……宿、ですか。少し鬼さんに聞かないと分かりません。僕、ここの事あまり知らなくて。」

 子供は丁寧にお辞儀した。

「いえ、ありがとうございます。」

 執事もお辞儀する。まるで自分が主になったような気分になった。

「んー、あれ。こんにちは。」

 ガラガラと格子を開け、下駄をカポカポ鳴らしながら誰かが来た。背が高い。思わず見上げてしまう。

「こんにちは。」

「あ、鬼さん。この人たち、宿探してるっぽくって。周りにありましたっけ。」

 鬼……。鬼とは思えない程おおらかな人だ。

 鬼は顎に手を当て空を見上げる。

「んー宿かぁ。ここら辺にはないなぁ。」

「……そうですか。」

 疲れた笑顔だ。この子もきっと精一杯頑張っているのだろう。

 鬼の目に包帯が映る。

「どうした。その包帯。もうボロボロだ。」

「買うお金が無いんです。」

 鬼が目を細める。

「それくらいなら治してやろう。ほら、こっちおいで。」

――――――――――――

 綺麗な庭だ。季節花も、季節外れの花も咲いている。

「……綺麗な庭だ。」

「そうなんです。鬼さんの自慢の庭なんです。」

 日が照る。ぽかぽかと縁側で執事と鬼を待った。

――――――――――

「んーと、ここら辺にあった筈。あ、あったあった。」

 にぱっと笑う。八重歯がチラリと見えた。

「お前さんらはどっから来たん?」

 鬼はこちらに問う。六畳ほどの畳部屋で。

「えぇっと、東の方です。」

「そっかそっか。」

 何故、鬼様は私をお連れに?私も偽善と同じ所にいても良かったでしょうに。

「あんな、ちょっとごめんなぁ。」

「……!」

 鬼は執事の首元を触る。何を、

 バチ

「痛っ、」

 静電気が通った。

「ほんま、何処から来たん?」

 じっと垂れ目が見つめる。

「…………。」

「なんて、噓。誰かに付けられてたよ。危なかったな。」

 鬼の手から灰のようなものがパラパラ落ちていた。

――――――――――

「本当にすみません。ありがとうございます。」

「いいよ、今日くらいはゆっくり寝なね。」

 夕飯。泊まらせてくれる事になった。優しくて暖かくて泣きそうになる。

「昨日、実は宿で泊まれなく、野宿していました。なのでこうして泊まらせていただけて、嬉しい限りです。」

「あ、ありがとうございます。」

 礼をされる。礼儀正しい子たちだなぁ。

「いいよ。そんな頭下げんといて。」

 さくっと芋の天ぷらを食べる。

 美味しい。

「偽善、ちゃんと箸を持ちなさい。」

「うぅ……難しい。」

――――――――

「片付けまでしてもらって、ありがとうなぁ。」

「いえ、当然の事です。」

 鬼は台所で皿を洗う。

「あ、待ってください……!」

「……!偽善、」

 子供が偽善に手を伸ばす。遅かったようだ。

「うわ!」

 かかとから畳状に沿って、ゴテンと転ぶ。ヒリヒリと痛い。皿は無事なようだ。

「いだた……。よかった。」

 自分が転んだよりも、皿が割れていない事にほっとする。

「偽善、大丈夫ですか。」

 真っ先に執事が来る。

「うん、ごめん。騒いじゃって。」

「いいよいいよ。お前さんに怪我がなくてよかった。」

「…………。」

 偽善は唖然と鬼を見る。

「……?何だい。何かおかしい事言ったかな。」

「怒らないの。」

 だって、いつも失敗したら怒られたから。それが当たり前だったから。

「怒るわけないよ。命の方が大切だ。」

―――――――

「痛い!」

「偽善、目を閉じて。石鹸が目に入りますよ。」

「うわ!」

 ゴテン

「痛ー!」

「痛た……」

 たははっと鬼は笑う。

「手拭い、ここに置いとくね。」

「……賑やかですね。」

「そうやなぁ。」

――――――――――――

「ここの庭で採れた桃だよ。」

 夜。皆、縁側で休んでいた。

「お、美味しいそう。これが桃なんだ。」

 初めて見るような目だ。

「……?桃を見るのは初めてですか。」

「はい。桃というより、果物自体食べたことがございません。」

 え、どういう生活送って来たんだ?

「「いただきます。」」

 よだれいっぱいの口に運ぶ。

「「……!!美味しい」です。」

 噛むごとに水分が溢れ出て、程よい甘さだ。

「良かった良かった。たんとお食べ。」

 鬼は幸せそうだ。遠慮なく頂こう。

「……ところで、お前さんらはこれからどうするんだ?」

 あぐらをかき、覗くように問う。

「……それが、」

 桃を食べ終わった手を見る。

「それが決まっていません。」

「今考えてるのが日雇いです。」

 偽善も答える。

「日雇い……、」

 日雇いなんかギリギリ食えていけるかいけないかの生活だ。

「……。俺の知り合いに旅館を経営している人がいるんだ。」

「旅館……?」

 鬼が下を向く。月光に照らされてまつ毛が長いのが分かる。

「そう。そいつに働き口がないか聞いてみるよ。直接。来るかい?」

「「良いんですか?!」」

 瓜二つで聞いてくる。ここまで反応がいいと気持ちが良い。

「あぁ、いいよ。あいつが探してるか分からないけど。」

「本当に、本当にありがとうございます。」

 今に泣きそうな声だ。

「はは、いいよ。神様は頑張っているお前さんたちをようやく見つけてくれたんだ。」

――――――――

「なぁ、そろそろ魔法、溶けてきたんじゃないか。」

「……そうですね。見つかったら、またあの生活なのでしょうか。」

 客間に寝そべり、寝物語を語っていた。

 もしかしたらもっと酷くなるかも知れない。

 不穏な空気が漂う。

「「…………。」」 

 トントンと床を歩く音。

「おーい。入るよ。」

「はい。どうぞ。」

 体を起こす。

 鬼が部屋の中に入る。パチパチっと照明をつけて、その場にあぐらをかく。

「お前さんらの首元にあった虫の話をしに来た。」

 おっと、と偽善の方を見る。何。

 バチ

「……?!」

「偽善……にはまだ取ってなかったな。」

 はは、と笑う。本気で笑っているようではないようだ。

 パラパラと灰を払う。

「虫……とは何ですか。」

「この虫はな、お前さんらを追跡する機能を持っとるんよ。」

 空気が締まる。

「……っ、という事は、」

「ここに私たちが居る事も知ってた?」

「あー、」

 鬼は自分の大きな手を振る。

「この虫はそんな性能が良くないよ。言うて、居場所、あんまり分からんと思う。」

「……良かった。」

 ホッと力が抜けた。

「本当にありがとうございます。偽善の包帯や、お泊まりさせていただいたり、お助けしていただいたり、」

 執事は土下座した。

「……!!」

「本当に、本当にありがとうございます。このご恩は必ず。」

「ありがとうございます。」

 鬼は優しく執事たちの体を起こす。

「土下座する程、そんな大層なことしてないよ。どうか、土下座はしんといて。」

「本当に幸せなんです。ありがとうございます。」

 何度も何度もお礼を言う。言い足りない。

「俺は、お前さんらが幸せに暮らせることを願ってるよ。」

 そう言って鬼は部屋を出て行った。

「偽善、私たちこんな幸せでいいのでしょうか。」

「あぁ、少なくともお前は幸せでいて欲しい。」

 執事はふふっと笑って偽善を撫でる。

「偽善が幸せでなければ、私は幸せではありません。」

 窓からの月夜が二人を照らす。

「幸せになるなら、一緒に、ね。」

鬼さん、何故あの子達を泊めさせようと思ったんですか。」

「うーん。ただの気まぐれ。かな。」

 鬼の前髪が枕に垂れる。

「鬼さんは誰にでも優しいんですね。」

「そうか?そう見える?」

 無意識にそうしているのだと、驚く。

「あの子ら、いい子やね。」

「はい。賑やかで楽しかったです。」

 愛らしく頬を撫でる。

「そんな日々が続くといいなぁ。」

 おやすみ。そう言って二人は眠った。

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