17花
「うーん。」
どうすれば良いのでしょう…………。
洗濯機の前で悩む。陽の明かりで、執事の雲みたいなふわふわ髪が光る。
ガチャ
「……あ、」
「おや、偽善。ふふふ。今日は。仕事中でも会えるなんて、嬉しいものですね。」
偽善は洗濯籠を持ちこちらを見る。
「……うん。」
執事は光に包まれて笑う。偽善は少し照れているようだ。
「…………、」
「な、何だ。」
急にまじまじと見つめられる。嫌な感じはしない。
「……。何でもありません。では、もう私は行きますね。」
バタン
「何だったんだ……?」
――――――――――
廊下を歩く。廊下は無駄に長いので、早歩きで常に歩かないと全てが間に合わない。
「…………。」
そういえば偽善の笑っている所、見た事があるませんね。やはり、笑かせるのなら定番のこしょこしょでしょうか。
「どのように笑かせましょう……。」
一方、偽善は。
「うーん……、」
さっき静かに部屋へ入って驚かせようと思ったのに。執事は速攻で気付いた。やっぱり死角から驚かすか?
「「うーん。」」
――――――――――――
「…………。」
花瓶に水を注ぐ。帯で執事の体の細さが分かる。
偽善が笑う所……。うーん。想像がつきません。
「おや、偽善。またお会いしましたね。」
「……、あぁ。」
偽善は悔しそうにこちらを見る。
「どうされたのですか。不服そうな顔をされて。」
「何でもない……!」
「そうですか。」
今日は偽善の様子がおかしい。そう見えるだけでしょうか。
「偽善、偽善。」
「何だ……って何故そんな顔をしているんだ?」
執事は変顔をしていた。しかし、偽善で隠れていてよく見えない。
「…………。失敗です。では、また後ほど。」
「……??」
――――――――――――
「偽善さん、僕、部屋で勉強するから休憩してて。」
「……分かった。」
偽善は何となく、庭へ足を運ぶ。今日は散歩日和だ。
あいつに限って、ものの十分で逃げることなんてできないだろう。
「…………ぁ!」
執事がこちらに来ているではないか。これは驚かす絶好のチャンスだ。
「……おや、」
偽善の気配がする。これは良い機会です。出会い頭にこしょこしょしてやりましょう。
「今日は。」「うわあ!!」
時が止まる。偽善は手を上げて威嚇し、執事はしゃがんで偽善の腹を狙っている。
「「………………。」」
二人見つめ合う。
「ふ、あはっ、はははっ!」
最初動いたのは執事だった。偽善はまだ呆然と立ち尽くしている。
「偽善、ふふっ、私を驚かせようと、ははっ、したのですね。」
「あ、あぁ。しかし、お前は俺の腹を。」
執事は腹を抱え、ツボに入ったようだ。
「えぇ、あははっ、私は、ふふ、はは。」
「ふっ、かなり可笑しかったぞ。はははっ、」
執事につられて、偽善が笑った。
「偽善もでしょう?」
涙を拭く。貴方の笑顔を見るために。
可笑しい気持ちと、嬉しい気持ちが込み上げてくる。
「ははっ、そうだな。あははっ、」
「ふふっ、お互いさまですね。」
もう少し笑わせて。長い思い出として残したいから。
――――――――――――
「ふふっ、だいぶ収まりましたね。」
「あぁ、そうだな。」
二人とも笑いすぎて頬が赤い。
「な、なぁ。ずっと聞きたかったんだけど、」
「……?何ですか。」
偽善はしどろもどろで聞く。
「皆、お前の事執事って呼んでるよな、」
「はい。しかし、皆さんも執事という名前ですよ。」
偽善に名前があるのは多分、館主人が分かりやすくするためだろう。そして皆に記憶させ、逃げさせないために。
「……そうなのか、」
偽善はさっきまで笑っていたのに、今では反省している子供のようだ。
「では、私に名前をつけてくださいよ。」
「お、俺が?」
思っても見なかった様だ。自分に指差して本当か確かめている。
「はい。」
「え、急に言われても……。」
長考する。
「じ、じゃあ。」
「……。」
執事はうんうん、と聞く。
一息吸う。
「 」
「……。良い名前です。気に入りました。ありがとうございます。二人の時だけ、その名前を呼んでください。」
「あぁ。分かった。」
執事は丁寧にお辞儀しかけた。こんな所でも仕事の癖が出てしまって、自分に嫌気が差す。
「あ、そう言えば。貴方に見せたかったものがあったんです。」
「……?何だ。」
執事の目線の先を見る。
「椿です。少し……落ちてしまっていますが、ここは暗所なのでまだ咲いているようです。」
所々茶色くなった椿を撫でる。
「……綺麗だな。」
「えぇ。貴方の様に美しいです。」
偽善は少しの間、照れたのか目を逸らした。しかし、次にはこちらを見た。
「 」
一帯が明るくなる。太陽の光が偽善を包む。
「ありがとう。俺に見せてくれて。」
椿を背景に偽善は頬を赤らめて、照れ臭そうに笑う。
「……?どうかしたのか。」
執事は下を向いた。けど、すぐに偽善を見た。
「いいえ。次はもっと綺麗な時期に見ましょう。」
大切な貴方に向けて笑う。
「ふふふっ、たくさん笑ってしまいましたね。」
「あぁ、幸せだな。」
幸せという言葉に引っかかる。そうか、自分は今、幸せなのか。
「はい。私は貴方と笑い合って、今とっても」
「幸せです。」




