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錢館  作者: あ行
17/24

17花

「うーん。」

 どうすれば良いのでしょう…………。

 洗濯機の前で悩む。陽の明かりで、執事の雲みたいなふわふわ髪が光る。

 ガチャ

「……あ、」

「おや、偽善。ふふふ。今日(こんにち)は。仕事中でも会えるなんて、嬉しいものですね。」

 偽善は洗濯(かご)を持ちこちらを見る。

「……うん。」

 執事は光に包まれて笑う。偽善は少し照れているようだ。

「…………、」

「な、何だ。」

 急にまじまじと見つめられる。嫌な感じはしない。

「……。何でもありません。では、もう私は行きますね。」

 バタン

「何だったんだ……?」

――――――――――

 廊下を歩く。廊下は無駄に長いので、早歩きで常に歩かないと全てが間に合わない。

「…………。」

 そういえば偽善の笑っている所、見た事があるませんね。やはり、笑かせるのなら定番のこしょこしょでしょうか。

「どのように笑かせましょう……。」

 一方、偽善は。

「うーん……、」

 さっき静かに部屋へ入って驚かせようと思ったのに。執事は速攻で気付いた。やっぱり死角から驚かすか?

「「うーん。」」

――――――――――――

「…………。」

 花瓶に水を注ぐ。帯で執事の体の細さが分かる。

 偽善が笑う所……。うーん。想像がつきません。

「おや、偽善。またお会いしましたね。」

「……、あぁ。」

 偽善は悔しそうにこちらを見る。

「どうされたのですか。不服そうな顔をされて。」

「何でもない……!」

「そうですか。」

 今日は偽善の様子がおかしい。そう見えるだけでしょうか。

「偽善、偽善。」

「何だ……って何故そんな顔をしているんだ?」

 執事は変顔をしていた。しかし、偽善で隠れていてよく見えない。

「…………。失敗です。では、また後ほど。」

「……??」

――――――――――――

「偽善さん、僕、部屋で勉強するから休憩してて。」

「……分かった。」

 偽善は何となく、庭へ足を運ぶ。今日は散歩日和だ。

 あいつに限って、ものの十分で逃げることなんてできないだろう。

「…………ぁ!」

 執事がこちらに来ているではないか。これは驚かす絶好のチャンスだ。

「……おや、」

 偽善の気配がする。これは良い機会です。出会い頭にこしょこしょしてやりましょう。

今日(こんにち)は。」「うわあ!!」

 時が止まる。偽善は手を上げて威嚇し、執事はしゃがんで偽善の腹を狙っている。

「「………………。」」

 二人見つめ合う。

「ふ、あはっ、はははっ!」

 最初動いたのは執事だった。偽善はまだ呆然と立ち尽くしている。

「偽善、ふふっ、私を驚かせようと、ははっ、したのですね。」

「あ、あぁ。しかし、お前は俺の腹を。」

 執事は腹を抱え、ツボに入ったようだ。

「えぇ、あははっ、私は、ふふ、はは。」

「ふっ、かなり可笑しかったぞ。はははっ、」

 執事につられて、偽善が笑った。

「偽善もでしょう?」

 涙を拭く。貴方の笑顔を見るために。

 可笑しい気持ちと、嬉しい気持ちが込み上げてくる。

「ははっ、そうだな。あははっ、」

「ふふっ、お互いさまですね。」

 もう少し笑わせて。長い思い出として残したいから。

――――――――――――

「ふふっ、だいぶ収まりましたね。」

「あぁ、そうだな。」

 二人とも笑いすぎて頬が赤い。

「な、なぁ。ずっと聞きたかったんだけど、」

「……?何ですか。」

 偽善はしどろもどろで聞く。

「皆、お前の事執事って呼んでるよな、」

「はい。しかし、皆さんも執事という名前ですよ。」

 偽善に名前があるのは多分、館主人が分かりやすくするためだろう。そして皆に記憶させ、逃げさせないために。

「……そうなのか、」

 偽善はさっきまで笑っていたのに、今では反省している子供のようだ。

「では、私に名前をつけてくださいよ。」

「お、俺が?」

 思っても見なかった様だ。自分に指差して本当か確かめている。

「はい。」

「え、急に言われても……。」

 長考する。

「じ、じゃあ。」

「……。」

 執事はうんうん、と聞く。

 一息吸う。

「  」

「……。良い名前です。気に入りました。ありがとうございます。二人の時だけ、その名前を呼んでください。」

「あぁ。分かった。」

 執事は丁寧にお辞儀しかけた。こんな所でも仕事の癖が出てしまって、自分に嫌気が差す。 

「あ、そう言えば。貴方に見せたかったものがあったんです。」

「……?何だ。」

 執事の目線の先を見る。

「椿です。少し……落ちてしまっていますが、ここは暗所なのでまだ咲いているようです。」

 所々茶色くなった椿を撫でる。

「……綺麗だな。」

「えぇ。貴方の様に美しいです。」

 偽善は少しの間、照れたのか目を逸らした。しかし、次にはこちらを見た。

「   」

 一帯が明るくなる。太陽の光が偽善を包む。

「ありがとう。俺に見せてくれて。」

 椿を背景に偽善は頬を赤らめて、照れ臭そうに笑う。

「……?どうかしたのか。」

 執事は下を向いた。けど、すぐに偽善を見た。

「いいえ。次はもっと綺麗な時期に見ましょう。」

 大切な貴方に向けて笑う。

「ふふふっ、たくさん笑ってしまいましたね。」

「あぁ、幸せだな。」

 幸せという言葉に引っかかる。そうか、自分は今、幸せなのか。

「はい。私は貴方と笑い合って、今とっても」

 

「幸せです。」

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