14藥
「こほっ、こほっ、」
「偽善、今日働いて大丈夫ですか。まだ咳が……」
帯を持って貝の口の結び途中で聞いてくる。
「大丈夫だ。昨日よりかはましになった。」
実際、顔色は良くなっていた。
「……。そうですか。無理なさらずに。」
「あぁ、」
廊下へと二人で並んで歩く。
「あぁ、そういえば、偽善。昨日は貴方の担当のお子が、熱の事を報告してくださったのです。なので、この後お礼を言うのですよ。」
「…………、」
少し返事するのにためらう。
「あぁ、分かった。」
――――――――――――
ガチャ
「あ、偽善さん。おはよう。」
「おはようございます。」
軽くお辞儀し、子の体調チェックだ。
「……、」
目、体、口、耳、鼻。全て今日も異常無し。
「終わったぞ。」
「……うん。」
次に、朝食を取りいく。
「お……、私は朝食を取りに行きますので、その間に着替えておけ。」
「分かった。」
――――――――――
カチャカチャ
「……これか。」
ずらっと不気味なほど並べてある朝食の中から一つ、子のものを取る。
「あら、あらあらあら?」
「…………。」
猫みたいな奴が近寄ってくる。無視していこう。
「こりぁ、噂のギゼンさんじゃーにゃーか。」
「…………。」
煩い。怒鳴ってしまいたいが、執事に釘刺されているので、言いたくても言えない。
「ありゃ、無視か。ねぇねぇ、ボク頼まれてるの。キミのシツジさんに。」
執事?執事絡みのことなら、口を聞いても良いだろう。
「お、目が合った。良くあんな奴と一緒に居られるねー。あいつは何考えてるか分からん。こえーのなんのって、こんな話じゃなくて。」
勝手に話を脱線させたのはお前じゃないか。
「これだよ。藥。今、君風邪らしーじゃにゃーか。」
長い袖の上には一錠の藥が乗っていた。
「ほら、飲みな。」
「……んがっ!」
いきなり水と藥を飲まされる。待って。
「そうあらがうなって。キミのためにしてるんだ。」
ごくん。
「んははっ。数時間程で効果が見えるから。んじゃーね。」
「はぁ、はぁ、」
偽善は顎に水を垂らしながら、猫を見た。
――――――――
バタン
「ほら、朝食だ。」
「……ごめんなさい。待って。」
子はまだ服を着ている。
「…………、」
こいつは不器用だ。俺に似ている。嫌な程に。
「……、」
偽善さん待ってくれるんだ。
―――――
「ご馳走様でした。」
子の食器を片付けようとした。
――礼を言うのですよ。
眉をひそめる。どうしよう。感謝なんかしたことない。俺にありがとうなんて、言う資格あるのか。
「……あ、」
「"あ"、」
子が上目て聞く。可愛い洋服がちらちらと目に映る。
「風邪……、えっとその、」
偽善さんはこちらを見ない。目が行ったり来たり大移動だ。
「あ、あぁ、」
お盆に力を入れる。入れすぎて指先が白くなっていた。
「
ありがとう
」
バタン
「…………、」
すごく、蟻みたいな小さな声だった。
うれしい。偽善さんが、偽善さんが、僕にありがとうって。執事さんを必死に探した甲斐があった。
「……へへ。」
――――――――――
夜。今夜はどうやら満月らしい。冬の空ごとく、空気が遠い。
「偽善、風邪は大丈夫ですか。」
「あぁ、」
こわばった顔から、一気にふっと安心した顔に変わる。
「あぁ、良かったです。もう一度、倒れるのかと今日一日中ヒヤヒヤしてましたよ。」
ふふふっと柔らかく笑いながら、偽善の頭を撫でる。
「……やめろ。撫でるな。」
「ふふっ、ではこの手を退けてみてくださいよ。」
「……。」
違う。こんな事言いたいんじゃない。執事はずっと俺が風邪の中、一緒にいてくれた。
「あの、あのさ。」
下を向く。恥ずかしいから。
「何ですか。」
「ぁ、ありがとう。」
今度はスムーズに言えた。一度言った言葉は言いやすくなるものだ。しかし、重さは変わらない。
「いいえ。貴方を思って私は貴方のそばに居たのです。」
眉を緩める。嬉しそうに偽善を見つめた。
「何も感謝することはしていません。しかし、貴方の言葉はしっかりと受け取ります。」
幸せそうな声だ。貴方をめいいっぱい見つめる。
「ありがとう。」
――――――――――
「…………。」
夜。月明かり照らす廊下を歩く。
良かった。危ない藥を飲まされたと思ったのに、体は大丈夫そうだ。
ガチャ
「おぉ、偽善。よく来たな。ほら、腕を出しなさい。」
「…………。」
無言で腕を出す。館主人はいとも簡単に傷を作る。
嫌だ。もう痛いのは。
「……ぅ、」
一欠片の涙。
「…………。おや、金にならないじゃないか。」
「……ぇ、」
なんで、なんで、
青白い月光に照らされている涙が頬に伝う。
「…………。今日はもうやめよう。次。次、金にならないと」
嫌、やめて。そんな目で見ないで。
体がガクガク震える。もう、立ってはいられない。
「分かっているよな。」
「はい……。」
バタン
偽善はその場に立ち尽くした。
この話で三分の二くらい終わりました。




