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VS《ジホ》4

「な、なぁ……微妙に雲行き怪しくねぇか?」

「て、手のひら返すなら早い方がいいよなぁ……」


 ジホとつるんでいたふたりは、バトル前と比べて明らかにうろたえていた。

 友人が押されている事実が一番の要因なのはもちろんだが、彼らにとっては周囲のムードが完全なアウェイであることの方がよほど問題だったらしい。


 少なくともアリスタにはそう感じられる態度であった。


(はぁ。せめて最後まで応援する気概くらい見せられませんの?)


 呆れを含んだため息を内心で漏らしつつ、彼女は目線を地上に移す。


(なんにせよ、そろそろフィールドが一気に縮小されてゆく頃合い……ですが、このバトル。向こうの性格からして、このまま最後まで決着がもつれるのは確実ですわね)


 *


「――エド様……」

「心配すんなって。勝つさ、俺とお前は。信じろ」


 アルマの不安を隠しきれていない声に、エドが落ち着いた言葉を返す。

 しかし彼も彼女の感情が理解できないわけではなかった。


 バトル開始よりすでに二十八分が経過し、両者に残された時間は一分弱ほど。

 開幕から徐々に縮小していたフィールドも今は、その大半が接触部分を削り取って〝無〟に還す暗黒――〝虚無空間(アウトゾーン)〟へと変貌を遂げている。


 虚無空間は接触ダメージこそ存在しないが、コクピットの接触で即敗北となる代物だ。


 そんな誰もが恐れる、虚無の大海に浮かぶ孤島。

 たった一発のミサイルで崩れ去ってしまいそうな断崖絶壁。

 相対する、空を舞うための翼を持った機体とそのマスター。


 絶望的な窮地の中に、蒼白のエンボディ――《アルゼクト》は立っていた。


(つっても、ここから(まく)るなら方法は一つしかねぇ)


 エドの視線の先。《リンディカイン》は文字通り、高みの見物を決めていた。


「ハッ、ハハハハッ! 散々手こずらせやがって……コール【弾薬】ッ!」

「でもこれでーっ!」

「あぁ、終わるゥッ!」


 ジホが二枚目の【弾薬】を切り、射撃ウェポンカードの装弾数が全て回復する。


 直後。【アローライフル弐式】で《アルゼクト》の足場を完全に破壊し、さらにダメ押しで十発の小型爆弾と十六発の焼夷弾を投下していった。


「ハハッ、これで分かっただろ! エンボディはなぁ、数字が全てなんだよッ!!」

「やったか!?」

「やったな!」


 観客席で逸る取り巻きふたりが言い、


「やったよねー?」

「やっただろォ!?」


 ジホとリンクは完全に勝利を確信し、口角を歪める。

 他の観客たちも「結局はこんな幕引きか」と落胆を露わにした。その、瞬間――


「な、なにぃい――ッ!?」


 爆発を乗り越えてきたアンカーが、《リンディカイン》の脚部を(から)め取った。


「おほぉおおっ!!」


 ひとり、アリスタが品性の欠片もない奇声を上げたのと同時。

 《アルゼクト》は敵機を引きずり下ろす勢いを使い、一気に上へと跳び上がる。


「こ、こいつまさか! 砕けた崖を足場にして……ッ!?」


 ジホの推察通り、エドは【ヒートウィップ】でミサイルを誘爆させた後。

 爆煙に紛れながら破砕片を駆け上がってみせたのだ。

 当然ながらこれも、誰にでも可能な技ではない。


「く、クソがっ! こ、こいつがなんでそんな高等技術を……ッ!」


 即座に【アローライフル弐式】で迎撃を試みるが、全ては手遅れであった。

 《アルゼクト》は【簡易飛行ユニット】を踏みつけ、乳白の背に銃口を突き付ける。


 エドのデッキには、すでに【弾薬】の二枚が存在していなかった。


「ジホ! そんなことより武器ぃーッ!」

「コ、コール【セロニ――……」


 〝消費(14×1.5=21 ×2 42-1)〟

 〝基礎AP150AP+(消費41×15)=威力765〟

 〝威力765×倍率0.7×スキル倍率(1.1)4乗×1.25=980〟

 〝DP400-威力980=ダメージ580〟


 そして《リンディカイン》に残された耐久値は、275のみ。つまり――


「遅ぇよ」


 胸部を撃ち抜かれたエンボディの残骸が、《アルゼクト》よりも先に海へ落ちていく。


 〝All over the destiny〟


 バトルの勝者が決定した瞬間だった。


 *


 歓声の中、視界が切り替わっていくのをエドは生身で自覚する。

 見れば観客たちも次々にフィールドから店内への転送を終えているところだった。


「あ、あり得ない……」


 戸惑いが漏れる先へエド、アルマ、アリスタの三名は視線を向ける。

 そこには膝から崩れ落ちた敗者――ジホが、冷たい床を見つめる姿があった。


「お、おれが……負けた? こ、こんな引いたカードだけでデッキを組んだようなヤツに?」

「おい」


 エドが声を掛けると、ジホは狼を前にした子犬のように身体を震え上がらせる。


「お前、さっきエンボディは数字が全てって言ったよな」

「ひ、ぃ……っ!」


 胸倉を掴まれたジホは取り乱し、誰の目から見ても明らかに委縮していた。

 取り巻きだったふたりも、そんな彼の情けない姿に呆然と言葉を失っている。


「てめぇがただ下手なのを押し付けてんじゃねぇよッ!」

「ぐ、ぇっ!」


 エドは軽く突き飛ばすように掴んだ手を離した。

 すると彼は清々しいまでの変わり身の早さでその頭を深く下げる。


「も、申し訳ございませんでしたぁああっ!」

「「ひぃいいっ!」」

「く、くっ、きゃはははっ! だっせ~! でもしょーがねー、僕が慰めてやんねーとな~」


 ジホたちはみっともなくショップ・アンドロシスを去り、ついに笑いを堪えきれなくなったエンボディカードのリンクも、やや遅れて三人の後を追っていった。


 そんな無様な姿を見せられてか、元々彼らを嫌っていた連中がここぞとばかりに好き勝手な言葉をぶつけていたものの、エドからすればどうでもよいことである。


 ともあれエドルド・ガールドンにとって数年ぶりのEFは、勝利で幕を下ろしたのだった。

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