《再始動》5
「げぇっ、また【たわし】かよ。いらねぇ……」
「ねー、パパ。このスキルって強いのー?」
「うーん。引けたのはいいけど、適正は未発見か。誰のなんだろ……このドレス」
「うぉおおッ! 良いの来い、良いの来い。できれば女! 男は還れ!」
(やっぱ変わんねぇな。いつ来てもここは)
混沌とした欲望の空気に懐かしさを覚えつつ、エドは待機列のひとつに並ぶ。
止まない阿鼻叫喚と歓喜は待ち時間を感じさせず、すぐに順番は回ってきた。
一回三百ルクのところ、エドは迷わず三千ルクを投入して十連ガシャを選択。
そうして、いざ筐体パネルに触れようとした時。近くにいた男が言った。
「待ちやがれ。お前よぉ、一体どんだけ引くつもりだ?」
「なに?」
「なに? じゃねぇよ。まさか限界までなんて言いやしねぇよなぁ」
ガシャは期間ごとに制限が設けられており、それは十四日で最大五十回というものだ。
金額にすれば一万五千ルク。ロストなしで遊ぶには十分すぎる回数である。
「十二回。初回十連のオマケ枠で確実に出るエンボディを抜いて、全部で十二回だッ。文句は言わせねぇぞ。こっちは、お前の言いがかりに付き合ってやってんだからなぁ?」
「じゅ、十二枚……シングル戦のデッキ枚数だけって」
「えげつねぇ。ガシャなんてバトルと関係ないアイテムも出やがるのに……」
「わかった」
エドはわざとらしい哀れみで動揺することなく、平常心のままパネルに触れた。
途端。ガシャ筐体がけたたましい唸りを上げ、光り輝き始める。
「!」
エンボディの排出が確定であることを示す演出だった。
するとガシャコーナーにいた誰もが、エドの筐体に視線を奪われる。
まさしくEFをやる者の習性、あるいは悲しき性とでも言うべき反応だろう。
とはいえガシャは本来、総数不明のNとHNの中から抽選を経て排出されるのだから、確定演出が人々の期待感をどうしようもなく煽ってしまうのは、当然と言えば当然であった。
二人は周囲から見えないように身体で隠しつつ、排出された十一枚を確認する。
「……あ、相変わらず引きがよわよわですのね。わたくしが回しましょうか?」
「う、うるせぇ。まだ二回も残ってるんだよっ!」
アリスタの言い分を無視し、意地で回した結果は――
【黒うちわ】:N
〝自由な文字、絵柄を浮かび上がらせることができるうちわ〟
それが二枚だった。
「…………」
「な、何種類入っているかも分からないアイテムでダブりですの……」
アリスタが肩を落とす。エドには昔からガシャ運というものがなかった。
この【黒うちわ】もバトルでは使用不可のため、アリスタに譲る以外の選択肢もない。
「どうやらガシャ運はねぇようだなぁ?」
「そうでもないさ」
エドはファイトリングの挿入口にカードを十枚入れ、二枚はこっそりアリスタに流す。
当然、デッキが二枚足りないという情報を相手に与えないためだ。
それからエドは振り返り、一枚のカードを指に挟みながら懐かしい言葉を唱える。
「アサイン――【結びの残影】」
「――――ッッ!?」
カードより生じた光はやがて収束し、そこには青白く長い髪の少女が現界していた。
首輪をつけ、すらりとした華風な衣装を身に纏う彼女は、慎ましやかに頭を下げる。
「アルマと申します。以後よろしくお願いいたします」
「あぁ、よろしく」
「ククッ、なら対価はチェンジだ! ロストはなし、勝ったらアルママはおれのもんだッ!」
男は勝利した後の妄想に胸と股間を膨らませ、ひとり笑う。
(確かにNの中では高価だがしょせんマニア向け。バトルでは完全にハズレカード! しかも最初の十連でエンボディは一枚で固定なんだよバカめ、この勝負――もらった!)
(……とか思ってんだろな、あいつ)
不細工な顔を見れば、一目で理解できる思考だった。
(つっても正直、初回はアイテム出ない設定がなかったらヤバかったな。俺のガシャ運的に)
「教えといてやるが、賭けルールを適応するならショップの戦闘筐体は使えねぇぞ」
「知ってるさそれくらい」
戦うため、彼らは店内でもひとけの少ない場所へ移動する。
やがてちょうどいい間合いで身をひるがえし、ファイトリングを構えたエドが続けた。
「一応、名乗っとく。エドルド・ガールドンだ」
「ジホ・タダノ」
「そうか、負けて後悔しろよ。ただのアホ」
「お前がなぁッ!」
「「――エンカウンターッッ!」」
言葉と同時に二つのファイトリングから眩い光が放たれ、中空で激突する。
そして、次の瞬間。エドとアルマは異空間に飛ばされていた。
「……悪いな、会って早々こんな。ろくに挨拶もしてない」
「いいえ。戦うことこそ本来、わたしたちカードの務めでございますから」
バトルフィールドへの転送中。ふたりは共に生まれたままの姿であった。
謎の光で秘所が隠されているものの、恥ずかしさを感じないと言えば嘘になるだろう。
「それで、エドルド様でよろしかったでしょうか」
「エドでいいよ。まぁ、様付けって柄でもないんだけど」
「ふふ。では呼んでくださいますか、エド様。わたしの、名前を――」
「あぁ」
エドはアルマを片手で支えながら抱き、胸の中で瞬く光に手を伸ばす。
「来い――《アルゼクト》ッ!」
「ん……ぁっ」
そうして、儀式を終えた直後。一人と一機は再び、暖かな光に包まれた。