《再始動》3
「――弱いひとだったのね」
カリナ・ガールドンを弔う葬儀の場で、参列者のひとりが囁いた。
「旦那がいなくなってからも結構、言い寄られてたって」
「聞いた聞いた。待っていても辛いだけでしょうに」
「本当にねぇ」
結局。手紙の内容の一部は最期までエドに教えられることはなかったが、それほど母はあの男を愛していたのだろう、と。彼も子供ながらに頭で理解はできた。
当然ながらその感情を尊重こそすれ、納得などありはしない。
母の遺影を抱え、エドは棺に入れられた母が埋められていくのを呆然と見下ろす。
最後に土をほんの少しだけ被せさせてもらい、程なく短い別れは終わった。
「……さようなら。母さん」
不思議と涙は出なかった。
もちろんそれは、別れが悲しくなかったからではない。
死んでしまったことよりも、もう二度と会えないことよりも。母にとってエドルド・ガールドンが傍にいる日々は、どれほど価値があったのか分からなかったからだろう。
葬儀の後。エドは書類上、ラフマフ家の養子となった。
親しかった母親同士の約束ではあったものの、金銭的な面も含めて様々な問題が円滑に処理できたのはやはり、父オリバが残した莫大な資産によるところが大きい。
オリバは元々、エンボディファイトで活躍する著名な人物だった――というのは、結婚して十年以上経つ母カリナですら初めて手紙で知らされた事実である。
多種多様な効果を持つアイテムカードが存在すること自体は、一般常識の範疇。
しかし〝全身を骨格ごと変える〟ものまであるとは、二人も知らなかったことだ。
エドは誰も待っていない家へ帰り、部屋のベッドに倒れ込む。
「…………」
埃まみれの棚の端。隠すように置かれた私物がふと目についた。
ずっと大切にしてきた多くのカードとホルダー、腕に装着するファイトリング。
エンボディファイトをするために必要不可欠な、宝物……だったもの全て。
「こんな、ものが、あるから――ッ!」
二人で暮らすようになってから一度も触れなかったモノを、エドは窓の外へ放り投げた
大きな音を立てて機器の破片が飛び散り、カードも風に乗って飛んでゆく。
その決定的な決別は、心配になって訪ねてきたアリスタも目撃していたことだった。
「エーちゃん……」
彼女は閉じた窓を見上げ、無駄と知りつつも一つずつ拾い集めていく。
自分にバトルの楽しさを教えてくれた幼馴染はもういないのだと。彼女にもすぐ分かった。
「――はあ、はあ、はあ……クソッ!」
いつものように目を覚ましたエドは、流し場で額の汗を冷水で何度も何度も洗い流す。
それはやっぱり、夢だと思いたい現実だった。
*
「……いつも悪いな」
「もっと感謝してよろしくてよ」
「はいはい。どうもありがとうございます、お嬢様」
ロロアの町から離れたところにある、寂れた寺院墓地。
カリナ・ガールドンと刻まれた墓碑に弔花を供え、エドとアリスタは手を合わせていた。
ちょうど今日は母の命日であり、今朝の寝覚めの悪さはそのせいでもある。
とはいえ、エドとしてはあまり長居したいと思う場所でもない。
それを知るアリスタもすぐに寺院墓地を立ち去るつもりだった。しかし、
「――きゃっ」
「ん? 今の声……」
「「――ぎゃはははッ!」」
帰り際に聞こえた短い悲鳴を頼りにして、二人は寺院の裏手へ回る。
すると今度は次第に嘲笑が大きくなり、物陰から様子を窺えば、青年三人から暴力を受けている首輪の少女――ヒト型エンボディの姿があった。
カードにそういった仕打ちをする人間の存在を一切、知らなかったわけではない。
それでも彼らが自分で目にするのは今、これが初めてのことだった。
あまりに一方的な光景を前にエドとアリスタは思わず、顔をしかめる。
「くそったれッ、おれはあの時ちゃんとスキルを使ってたんだよッ! それを!」
「ぅ……」
エンボディの少女は、まるで嵐が過ぎるのをジッと耐えるようにうずくまっていた。
ストレス解消が快感なのか、男たちは誰ひとり二人に気付く気配はない。
「あ、やっぱ効果の発動が妙に遅い時ありますよね?」
「ほらとっとと起きろよ、サンドバックになるくらいしか取り柄のないクズが!」
「う、ぐッ……ぅう」
続けざまに思い切り蹴りを入れられ、黒髪の少女が涙を浮かべて嗚咽をもらす。
純粋な身体能力で言えば通常、エンボディが人間に劣る点は何ひとつなかった。
だが、カードという枠組みで縛られたモノには所有者を含めた全ての人間に対して、危害を加える行為が許されていないのだ。だから、
「なぁにを泣いてんだお前。あのよぉ、泣きてぇのはこグヘァッ!?」
その代わり、エドの怒り任せの拳が容赦なく男に飛んだ。