VS《チョポジ》4
「――ド様、エド様!」
「う、ぅ……」
冷たいコクピットの中で途切れ途切れに音が響く。
必死なアルマの呼び声にエドが応えたのは、それからさらに数秒後のことだ。
「ッ! アル、何秒だ?」
「十八秒でございます」
「結構、飛んでたな。頭打ったのか……」
この気絶は〝もし現実で同じ衝撃を受けたら〟という前提の再現であった。
気を取り直し、視界もろとも機体を覆い尽くす雪の中で、エドはダメージを確認する。
〝DP276-環境威力550=ダメージ274〟
〝耐久500-ダメージ274=残耐久226〟
「とりあえずは各部異常なし、か」
「はい。それで、どうなさいますか?」
「……長期戦は不利だ。片腕だしな。一気に決めるしかない」
「そうなりますと、コクピットを狙うのでございますね」
エドが肯定の頷きを返す。
「耐久にダメージが入る攻撃をコクピットに当てれば決着だ。当てれば、な」
腕部や脚部等はダメージと関係なく破壊されるが、操縦席には例外が適応される。
それが、EFのあらゆるルールにおける基本仕様だった。
言い換えれば、雪崩に呑まれた《アルゼクト》の生存も幸運の賜物という他なかった。
「で、俺たちの現状だが……」
エドは自らが組み上げたデッキに視線を落とす。
・ウェポンカード
【レドゥンブランド(格/ビ/特)】:N
〝基礎AP0.5倍の威力を持ったビームサーベル。燃焼効果を付与する炎を纏うことも可能だが、発動後60秒でこのカードは自壊する(※燃焼 秒間5ダメージ・15秒間持続)〟
【試作型トゥーガンソード(ビ/格)】:N
〝基礎AP0.20倍の威力を持ったビームを放ち、基礎AP0.25倍の威力を持った刃が仕込まれた双銃剣。射程距離はあまり長くない。装弾数24〟
【ダブルジェットアンカー(格)】:N
〝基礎AP0.45倍の威力を持つ双爪錨。8回射出する度に0.05ずつ倍率が低下する〟
【ベイパーライフルT86(実/射)】:N
〝基礎AP0.10倍の威力持った蒸気銃。コール後からのカウントで50秒経過するごとに威力が0.05ずつ永続的に上昇する(最大0.65)。装弾数12〟
【フィルタンタR‐2(ビ/射)】:N
〝基礎AP0.70倍の威力を持つビームライフル。装弾数を1消費して、次弾の基礎APを15上昇させる。さらに10消費する毎に次弾の最終APを1.1倍にする。装弾数14〟
・スキルカード
【オーバル・グロウ】:N
〝デッキ内のウェポンカード2枚を対象として発動する。1枚目の基礎AP倍率をバトル終了時まで0にし、その半分を2枚目の基礎AP倍率に加算する。この効果は75秒間持続する〟
【ダブルバレッド】:N
〝デッキ内の射撃ウェポンカードを対象として発動する。対象の装弾数と同時発射数を2倍にする。コール後、3分間【弾薬】がコール不可となる〟
【ディメンションタイム】:N
〝自機を中心としたフィールド半径300メートルを対象として発動する。対象の空間距離を4秒間、30以上86未満のランダム数倍加させる〟
・その他
【弾薬】:N×2
【ショートリープ】二枚を消費して計十枚。これが残された手札だ。
「……ベイパーライフルはデッキにあって手元にないとなると、落としたか」
「そのようです。この中でしたら先日同様、フィルタンタが最も威力が高くなりますね」
「まぁ、単純に【オーバル・グロウ】と【ダブルバレッド】で威力を底上げして押し切るのもなしではないと思うが……戦ってみた感じ、当てられるかどうか」
射撃の場合、さらに別の箇所であえて受けるという選択を取られる可能性も高くなる。
しかし、それらを考え出しては際限がないのも事実。
相手を見くびるのは論外としても、必要以上に格上とみなすのも危険な思考だろう。
「肝心の〝どうやって〟が問題でしょうか」
「あぁ、【ディメンションタイム】と【ショートリープ】を併用できたらな……」
当然、無いものねだりに意味はない。エドはすぐに思考を切り替える。
そうして、考えを巡らせること300秒。出した結論をアルマへ伝えた。
「! ……可能なのでしょうか」
「ぶっちゃけ、願望染みた期待とアドリブの塊だ。上手くいかなかったら呆れてくれ」
「ふふっ、分かりました」
マスターの吹っ切れた物言いに、彼女もつい微笑みと分かる応答を返す。
「つーわけで、そろそろベイパーライフルの威力も最大。こんな雪、とっとと出るぞ」
「はい、マスター」
エドはデッキスペース中央の機体シルエットにセットされたウェポンカード――【レドゥンブランド】に触れて〝発動〟を選択。60秒限りの炎を光刃に纏わせた。
迸る熱量は瞬く間に膨大な白を溶かし、脱出した《アルゼクト》は周囲を警戒する。
「いた」
「ですが、あちらも気付かれたようです」
ディスプレイ越しの景色の彼方。僅かな雪の崩落も聞き逃さなかった《ミロスパーチェ》が【スレイダーブーツ】を吹かして器用に反転。距離を詰めるべく加速した。
「コール【フィルタンタR‐2】」
やがて自壊する【レドゥンブランド】を投げ、左手指部にビームライフルを構える。
戦いを捨てていない姿を目視したミチェとチョポジは、表情をほころばせた。
「あっ、良かったまだやる気だー。いいねいいねっ!」
「そうみたいだね」
応じ、正面から放たれた光軸を躱す声にも当然、余裕がある。
その最たる理由は、猛然と迫る《アルゼクト》の狙いがおおよそ読めたからだ。
(……あれは確か、弾数消費のチャージ射撃で威力が上がる【フィルタンタR‐2】。スキルと組み合わせて近距離でワンチャンスを、といった算段でしょうかね)
であれば改めて距離を取り、射撃戦で相手が痺れを切らすのを待てばいい。
ただのマスターとしてのチョポジならば、その判断を下しただろう。
しかし、今の彼は〝一つ目〟という飾りが付いたフロンティアのサブホルダー。
未来ある挑戦者の心を折り、経験に物を言わせて追い返すことが目的ではない。つまり、
「――そうだと思ったよ、コール【ダブルジェットアンカー】」
両腰部に装着された二基のうち一基を、数度目のすれ違い様に射出。
《ミロスパーチェ》の脚部にアンカーが絡み付き、繋がれた機体が全身を強く引かれる。
(よし、こうなったらサブホルダーで学校の先生気取りのあんたは――)
「捕まっちゃった。どうするの、ハゲちゃん」
「振り払うのは簡単です。が……それでは面白くないよね!」
「だよね!」
直後。紺銀のエンボディは《アルゼクト》を牽引し、わずかに減速。
射撃を止め、機動のみによる回避に専念する姿勢を見せた。
眼前の光景を捉えたアルマは、射撃を継続しながらもホッと息をつく。
「……エド様の仰った通りでございましたね」
「正直、かなり不本意だけどな。けど――負けるのと天秤に掛けたら、安い」
少なくとも現状、選び得る最も勝算の高い賭けであることは確かだ。
ただし、懸念点があるとすればこの後。相手がどう乗ってくるかが問題だろう。
エドの鋭い視線と銃口の先。疑問の答えはすぐに行動で示された。
雪原を疾走する紺銀が目指すのは、やや角度のついた斜面――エンボディ基準の、針葉樹を始めとした森林群落。二機は滑り出し、ブーツの噴出する飛沫が勢いを増していく。
「さぁ、ついて来られるかい」
「来られるかいかーいっ!」
「エド様、この速度差は……っ」
「分かってる!」
迫る巨木を前にエドは即決即断。ライフルで幹の二点を撃ち、蹴り抜く。
勢いのまま幹を適度に均した後。丸太をまるでスノーボードのように扱い、滑走した。




