VS《チョポジ》1
「く、くっくく。あんなクズカード使っちゃそりゃ、ああなるだろ」
「お、おい笑うなよ。ママにもらったおこづかいで当てた大切……ぐっ、ふふははっ」
「やられるならもっと派手にやられろよな、つまんねー」
「な。これだったら隣のフィールド行きゃよかったわ。しょーもねー」
現実に戻ったエドたちを待っていたのは、観客からのそんな理不尽だった。
ここで怒りをぶつけても、彼女をより惨めにさせるだけかもしれない。
「……イヴ」
そう思って押し黙ったエドは、ただ静かにイヴリンを見やる
泣き崩れる姿にかけるべき言葉が、届く言葉が……どうしても浮かばなかった。
「「…………」」
彼らと周囲の態度を見かねたのは、薄毛で中肉中背の中年、チョポジ・オーシラ。
そのエンボディ、首輪付きでスクール水着の銀髪少女――【哀切の代替品】ミチェだった。
彼女は辺りを一度ぐるりと確認し、両手を後頭部に回して呟く。
「なーんか。緊張じゃなくて怯えってカンジ」
「そうですね。私もミチェと同じ印象でした」
「えー。ハゲちゃんと同じならやっぱナシでー」
「なんでぇっ!?」
驚いている割にチョポジの笑顔は一切、崩れていない。
優しいおじさんと近所の幼い子供が交わす、いつも通りの漫才だった。
彼は一つ咳払いをし、落ち着き払った態度で続ける。
「どうされます? エンボディカードを変えて再度、挑戦なさいますか。私としてもこのまま突き返すというのは心苦しいものがありますし」
「……許されるのならぜひ、よろしくお願いします。あの、デッキを変えても?」
「もちろん、構いませんよ」
チョポジは笑顔で快く了承した。
とはいえ例外的な事態ではあるため、彼は耳のインカムを通じて本部との連絡を取る。
(アリスタ……)
視線だけ送ると、彼女はそっと頷きを返す。
「アル。いけるな?」
「それは……いえ、はい」
わずかに言葉を詰まらせるが、アルマには首を縦に振ることしかできない。
そうしてふたりはイヴリンを置き去りにし、バトルフィールドへと消えた。
*
転送を終えた蒼白のエンボディは、天井へと伸びるレール型射出口に固定されていた。
エドは操縦席のベルトによる身体の固定具合を確認し、ひとつ息を吐く。
感じる寒気からある程度察してはいたが、それは雪のように白い。つまり、
「冬か……」
小さく呟けば天高く連なっていた隔壁が開閉。薄い膜のような空が見える。
重力に逆らい、機体は勢い良く地上へと上昇していった。
自重の何倍もの荷重を受け止め――《アルゼクト》が上空に投げ出される。
「コール【ベイパーライフルT86】」
【ベイパーライフルT86(実/射)】:N
〝基礎AP0.10倍の威力持った蒸気銃。コール後からのカウントで50秒経過するごとに威力が0.05ずつ永続的に上昇する(最大0.65)。装弾数12〟
小銃を片手に見下ろす先。
うっすらとした陽炎のような白靄の奥に広がるのは、まっしろな山渓の波であった。
冬をかぶった木々が無数に見え、流れる川などは全て凍りついている。
「天候がよろしくありませんね……」
「あぁ」
敵機は視認できず、視線を下げる。
眼下には鏡のようにまっさらな雪原が広がっていた。
振動に身を揺らして着地すれば脚部が沈み、あどけない白が飛沫いては消える。
銀世界。
このフィールドにおいて自機が保護色の白だということは、先に補足さえできれば待ち伏せにも奇襲にも優位に立てる明確なアドバンテージだ。
しかし、
「この吹雪……銀色も保護色としては十分でしょうか」
「だろうな」
アルマが言うようにフィールドの条件としては五分。
むしろ相手側が索敵スキルを入れていた場合、どちらかと言えば不利だろう。
エドは周囲に対する警戒を強くし、吹き荒れる風の中へ機体を走らせていく。
ゆく視界の左方には純白の光沢が敷き詰められた山々が延び、対する右方では積もった雪をまばゆく輝かせる木々が連なっていた。
そして正面は、まさにホワイトアウトという言葉が似合う程に視認性が悪い。
会敵時、互いに察知していなければ恐らく、純粋な反射神経が物を言うだろう。
バサッ――。
と、怒り狂ったように舞う雪の中。自機の移動と異なるタイミングで音が鳴る。
「――――ッ!」
咄嗟にその場から移動し、音の先――右方の森林地帯を睨みつけた。
右の手指部に構えた【ベイパーライフルT86】の銃口を向け、トリガーに指をかける。
「……悪い、助かった」
「いいえ、このくらいは……」
アルマは胸を大きく膨らませ、熱を帯びたような吐息をひとつ漏らす。
音を鳴らしたのは、木々にかぶさって積もりに積もった雪。
引鉄を引くことをアルマが拒絶していなければ、無駄に撃ち抜いていたはずの雪だ。
(イヴ様のことでまだ動揺していらっしゃる……わたしが支えて差し上げなければ)
献身を胸に抱き、射撃音による位置の露呈を回避する、その瞬間。
鈍い重低音が遠方より銀世界に響き渡った。
ちらりと僅かに気を緩めたエドの視界の左端を掠めたのは、膨大な粒子の束。
燐光を放ち、荒れる空を割るような一撃であった。
「先に補足されたッ!?」
「次弾、十一時方向から来ていますっ!」
「山頂か!」
各部の推進装置から推力を得て、《アルゼクト》は大きく後方に跳躍。
左方から走る光軸は、コンマ数秒前に蒼白が位置していた地点に着弾する。
雪原が盛大に弾け飛び、舞い上がる白雪の彼方。
紺銀のエンボディ――《ミロスパーチェ》の機影をかすかに捉えた。
「ラッキ~、なんかハゲちゃんみたいにキラッと輝いてたぁ!」
「いやぁ、まったく子供は目が良いですね。おじさん、敵いません」
「でっしょ~、褒めて褒めて~!」
「ミチェすごいー! ミチェ可愛いー! ミチェ最高ぉー!」
「でへへ。さんきゅさんきゅ、ハゲちゃん」
わざとらしさしかないが、チョポジとミチェは普段と変わらない姿勢でEFに努める。
しかし笑顔とは裏腹に何の影響を受けてか、ミチェの口は平均的に悪かった。
「一方でおめーは、なに外してんだよー。埋めるぞ、このハゲー! あぁーっ?」
「ぎゃー、埋めないでー!」
拒絶するかのような爆風に追いやられ、エドとアルマは空中で体勢を崩しながら左方の雪が敷き詰められた山の急斜面を見る。
白に抱かれた空の下。大型ビームライフル――【ツインジャッジライフル】が轟いた。
《アルゼクト》は着地後。即座に再度跳躍をし、捉えたビームをかいくぐる。
武装の火力を物語るように装甲を覆っていた雪が瞬く間に溶け落ちていった。
「詰めてこないでしょうか?」
「いや、逆だ。絶対に詰めてくる」
一方的に補足したにも関わらず、距離が詰まる前にトリガーを引いてきた理由。
相手がまともな思考回路を持つ場合、それは射撃に自信があるか――〝試されている〟かのどちらかしかない。そうに違いない、とエドは考える。
事実、豆粒ほどの敵機は高速で斜面を滑走してきていた。




