《イヅグミ》1
「――着いたな、イヅグミ」
「まぁ、隣町ですものね」
日を跨ぎ、月の日。午後の陽光を浴びるエドとアリスタは、予定通りイヅグミにいた。
坂の多い町並みで、丘には多くの風車と花畑が広がり、草木の香りが出迎える。
都会からすれば田舎だが、少なくともロロアよりは発展した町だった。
「わあ」
「風が気持ちいい町でございますね」
「マルチカさん的にここのモールのバーガー、めちゃおいしいんですよ!」
お上りの観光客のようにエドたちは通りを歩いていく。
「まずはフロンティアで受付ですのよね」
「あぁ、シンボル・ホルダーに挑戦するにもまず、挑戦権を獲得しねぇとな」
フロンティアとはシンボル・ホルダーたちとバトルができる場所である。
そして、彼らに挑戦するにはサブホルダーの誰かを倒す必要があり、毎日バトルを挑まれるホルダーたちの予定を調整するため、予約なしでは門前払いなのだ。
「ところで一ついいか。なんでさっきから見られてんだ、俺たち」
ふと思って聞けば、アリスタは答え辛そうに視線だけで返事をする。
その先にはエンボディ同士、楽しそうに話すイヴリンの姿があった。
「……端から順にぶん殴ってやろうかな」
「おやめなさいな」
苛立ちは覚えながらも、やがて七曜の中でも〝木〟を連想させる意匠の建物――イヅグミ・フロンティアへとエドたちは辿り着く。
自動のドアをくぐると早速、泣きじゃくった子供とすれ違った。
バトルの世界に大人も子供も関係ない、と。エドは改めて感じさせられる。
「おぉ、やってるやってる」
中はほぼ満員状態で、誰もがどれかしらのバトルの中継に釘付けだった。
フィールドにアクセスできた人間も合わせれば、軽く千人は超えているだろう。
「……っ」
すると大人数に圧倒されたのか、イヴリンがエドの傍で隠れるような位置を取る。
「なんだ、手でも繋ぐか?」
「……っ!」
冗談で言うと、彼女はそそくさとアルマの方へ逃げていった。
可愛らしさを笑いつつ、エドたちは受付前の列に並ぶ。
そうして十数分ほど待ち、ようやく順番が回ってきた。
「――ようこそいらっしゃいました。イヅグミ・フロンティアは貴方がたの挑戦を歓迎いたします。本日はメイン、サブどちらのホルダーへの挑戦をご希望でしょうか」
「サブでお願いします」
「承りました」
窓口越しにベレー帽をかぶった眼鏡の女性職員が答える。
「最も早い時間ですと……本日の十九時からになりますが、如何なさいますか」
「それでお願いします」
「では、こちらにファイトリングをかざしてください」
指示に従い、差し出された機器に左腕のリングをかざす。
小気味よい電子音が鳴って、個人情報が職員の端末へ送信された。
「エドルド・ガールドン様ですね。対戦サブホルダーは〝スク水ハゲちゃん〟となります」
「「ん?」」
「も、もう一度言ってくれますか?」
聞き流してもよかったのだが、エドは気になってつい聞き返す。
「対戦サブホルダーは〝スク水ハゲちゃん〟となります」
「…………え、と。悪口はよくないですよ?」
「そういう登録名なんだから仕方ないでしょうっ!」
たしなめるような忠告を受け、女性職員は少し声を大きくした。
しかしすぐにハッとして、咳払いの後で再び淡々と続ける。
「では、エドルド・ガールドン様。本日十九時に六番フィールドにお越しください。十分以上遅れますと、自動的に棄権扱いとなりますのでご注意ください」
「なんか……ごめんなさい」
きぃ、と睨まれながらイヅグミ・フロンティアに背を向けた。
ストレス溜めてそうだなとは思いつつ、外に出て気を取り直し、エドは言う。
「じゃ、聞いての通り十九時まで暇だから適当に時間つぶそうか。何する?」
「バーガー食いましょう! バーガー!」
マルチカが真顔で「はいはい!」と挙手し、物理的な距離を詰める。
エドも悪いとは思っているが、完全に一種のホラー体験だった。
「ところで、アリスタ様はよろしかったのでしょうか」
「わたくしもう、ここのシンボルは持っていますの」
「そういうことでございましたか」
「ちなみに俺も取ったことあるぞ。一回辞めたから取り直しだけど」
「――誰も聞いていないで御座るよ」
「うひぃいっ!」
お馴染みとなりつつ流れで、女性陣が笑いに包まれる。
「とりあえず、わたくしはお洋服を見たいですわね」
「あっ、じゃあ俺はショップでカードでも見て来るんで……」
エドは何かを察して距離を取ろうとしたものの、当然そんな抵抗に意味はなく。
問答無用でショッピングモールへと連行された。
そうして、試着室に消えたアリスタからコメントを求められること一時間。
流石のエドもいい加減うんざりだったが、ファッションショーは止まらなかった。
カードたちもすでにマスターを見捨て、各々好き勝手に歩き回る始末である。
「これはどうですの?」「――あぁ、いいと思うよ」
「これはどうですの?」「――あぁ、似合ってるよ」
「これはどうですの?」「――あぁ、可愛いよ」
「ですわよね!」
「……はぁ」
エドは肩をがっくりと落とし、隣の惨状を横目に見た。
「これはどうかしら?」「――素敵じゃないか」
「これはどうかしら?」「――可憐じゃないか」
「これはどうかしら?」「――妖艶じゃないか」
「フフ。言われるまでもないわ」
「……はぁ」
スーツベストのよく似合う長身男性は深いため息をこぼし、サングラスが傾く。
彼も同じ気持ちでいたのか、エド同様に隣の様子をちらりと見る。
疲労困憊の視線が重なり、お互い苦笑を漏らしながら言葉を続けた。
「……お兄さんも大変そうですね」
「……君もね」
「彼女さんですか?」
尋ねると彼はレンズの奥で目を丸くさせ、声を殺しながら笑う。
「いやいやとんでもない、彼女はエンボディさ。君の方は?」
「ただの幼馴染ですよ」
「ほほう」
応じる声色で、男性の気力がわずかに戻ったのをエドはすぐに理解した。
「聞かれそうなので先に答えますが、別にそういう目で見てないですよ。少なくとも今はEF以外、夢中になれそうもないんで。今日だってシンボルのために来たんです」
「へぇ? ちなみにシンボル数はいくつかな」
「出戻りなんでイヅグミが一つ目です。と言ってもまだサブに予約を入れた段階ですが」
含みのある聞き方を怪訝に思いつつも、エドは素直に答える。
「そうかい、それは今から君とバトルするのが楽しみだね」
「え?」
彼は少し得意げな様子でサングラスを外し、
「オレはヨハン――ヨハン・セック。イヅグミ・フロンティアのシンボル・ホルダーさ」
いたずらな笑みを浮かべながら、そう名乗りを上げた。