《親睦》1
「いえーい、皆さんお疲れ様でしたーっ!」
「お疲れ様ですわ」
「お、おつっ、お疲れ様、ですっ」
「あぁ、お疲れ。なぁ……やっぱその真顔どうにかなんねぇの、マルチカさん」
「なりません!」
真顔で大きなバツを作り、マルチカは答える。
「ふふ、わたしは個性的で素敵だと思いますよ」
「いや、別に俺も非難したいわけじゃなくて……まぁ、そのうち慣れるか」
クエストを終え、現実へと帰還した彼らの姿はガシャコーナーの傍にあった。
そうして、互いをねぎらった後。エドはイヴリンに向き直り、右の手のひらを差し出す。
「ほれ、タッチ。狙撃は結構、悪くなかったと思うぞ」
「……っ! あ、ありが、とう……ございま、す」
恐ろしく慎重で優しいロータッチだった。
「――で、だ」
装着したファイトリングを操作し、〝防衛戦・初級1〟の報酬を確認する。
「うん、ちゃんともらえてるな、ファイトコイン二枚」
「ふぁ、ファイト……コイン」
「二週間の回数制限とは別に、ガシャで使用できるコインですわね」
「ま、諸々の確率は金を払う時よりもかなり低く設定されてるらしいがな」
そう言ってリングが浮かび上がらせる画面から〝アサイン〟を選択すると、彼の手元に薄い緑色のコインがちょうど二枚、忽然と舞い降りた。
「というわけでほら、回してきな」
エドはその二枚のコインをイヴリンに手渡す。
「えっ。で、でもっ。これ、マスターの……」
「俺が回すより良いのが出るよ。それにイヴ、頑張ったんだしさ。いいから行ってきなって」
「ぁう……は、はぃ」
小さく頷いた彼女はガシャ筐体へひとり、トタトタ走っていった。
しばらくして、自信なさげに戻ってきたイヴリンがゆっくりと言葉を紡ぐ。
「こ、これは良いカード……なん、でしょうか」
【入浴剤】:N
〝フローラルな樹木の香りがする入浴剤〟
【デウエス・ベイ(格/実)】:N
〝基礎AP0.75倍の威力を持った近接杭打機。命中時、最終AP0.2倍の威力を持った爆発を発生させる。ただし、どちらも一撃ごとに5秒間の冷却を必要とする〟
「おぉっ、ウェポン! それにこれ、Nの中じゃ確実に良い方だ!」
受け取ったエドが嬉々として答えると、イヴリンはホッと息をついた。
「HN以外は基本的に威力が等倍を超えることがないし、冷却時間もサブウェポンだと思えば特に気にならない。爆発の参照APが基礎じゃなくて最終APなのもいいな!」
「そ、そうなんですね……」
「まぁ、どんなカードも使い手との相性とデッキ構築次第だよ」
どれほど高性能のウェポンやスキルカードを所有していても、当たらなければ意味はない。
結局のところ、エンボディファイトは純粋なカードバトルではないのだから、カードの効果以上に人とヒトが生み出す力の差が勝敗を分けるのだと、エドは考える。
「エド様ならきっと何でも上手に使いこなしてくださいますよね」
「あぁ、俺もそうありたいとは思うよ」
アルマから寄せられる素直な信頼を、エドは少しこそばゆく感じた。
「なんにせよ、ですわ。キリもいいでしょうし、そろそろ帰りませんこと?」
アリスタが促す視線の先。
店内からはすでに子供の姿が減り始め、窓ガラスにも夕日が差し込んでいた。
エドは一呼吸おいてから同意の言葉を返す。
「だな。ひとも増えたことだし、今日の買い物はちょっと奮発して帰るか」
「ならシェフ。わたくし、今晩はすき焼きをご所望ですわぁー!」
「マルチカさんもご同意しますですわー!」
「「おぉー、ほっほっほっほ!」」
「はぁ……」
こうして、彼らはショップ・アンドロシスを後にした。
*
「なぁ。そういや、アリスタ」
当てたばかりの入浴剤を使い、アルマとイヴリンが汗を流している間。
ひとりキッチンで夕飯の支度をしていたエドが、湯上りのアリスタにふと聞いた。
「ん? なんですの」
「お前の二枚目のエンボディ、どんなやつなんだ? ずっと出してないけど」
「いいえ? 一年くらいずっとアサインしっぱなしですわよ」
「は? じゃあ普段どこにい――――」
「自分に何か用で御座るか」
背後から耳元でささやくような声だった。
「うぉああっ!?」
堪らず咄嗟に横へ身をのけぞらせ、がばりとエドは振り返る。
だが、そこには誰もいない。というより、いるはずがないと彼は思った。
「わははは!」
「想像通りの反応ですわね。ムンド、自己紹介を」
「む――」
「御意。自分はロザムンド、趣味は空詠みと人間観察に御座る」
ふたりに笑われ、何か言おうとすれば、またしても背後から耳元で唄うような声がした。
エドは再び前に勢いよく跳びのく。
しかし――
「どぅあああっ!?」
「以後、見知りおき願うで御座る。エドルド殿」
やはり背後から声が聞こえることに、さすがの彼も身の毛がよだつ思いだ。
「よろしく! よろしくするから普通に顔をつき合わせて話してくれ、頼むから!」
「否。それは無理な相談で御座るよ」
「な、なぜ?」
「…………」
返事が途絶え、彼の代わりにマルチカが笑いながら補足する。
「ムンドさん、照れ屋な覆面忍者ですからねー!」
「えぇ……じゃ、じゃあ、せめて背後に立つのはやめてくれないか? 背筋に緊張が」
「主殿」
室内のどこからか渋い声が響く。
するとアリスタがいつになく真剣な表情を浮かべ、言った。
「続行! 続行ですわ~!」
「お前、ふざけ――……」
「悔しい、悔しいで御座るなぁ。自分、主殿の命には逆らえませぬ故、こればかりは」
その声は完全におちょくっていたが、エドが悔しく思うほどにいい声だった。
「こ、こいつ……ッ!」
「御免ッ!」
ロザムンドはエドの耳にふぅ、と息を吹きかけ、音もなく気配を消す。
真冬の水浴びのように震える姿を目にし、お嬢様二名が心の底から笑い飛ばしていた。
「そ、そういえばアルとイヴのタオル持っていくの……わっ、忘れてた!」
「あっ、敗走! 敗走ですわ~!」
「ですわ、ですわー!」
そうして、逃げるようにタオルを持って行くエド。
が、ちょうどその時。浴室から出てきてしまったイヴリンと対面した。
顔を真っ赤にする彼女は、未成熟で色素の薄い身体を小さく震わせると――
「あっ、ぁっ……きゅぅ」
「まあ」
ぐるぐると目を回し、背後にいたアルマの豊かな胸に身を預けてしまうのだった。




