《綴る想い》1
海のように広がる平野を、風と共に駆け抜ける大きな音が一つある。
それは、身の丈よりも巨大な槌を振るい、地平線の彼方より迫る敵を屠り続ける巨人。
桜色のエンボディ――《マルレリギア》が大地を踏み荒らす轟音であった。
「わはは! マルチカさん大暴れですよ!」
「気持ちは理解しますけれど、マルチカ。分かっていますわよね」
「マルチカさんの記憶力、バカにしちゃいけませんよ。マスター!」
ふたりはバトルの目的を果たすべく、数匹の防衛ライン突破を見逃す。
巨大蟻――《ジャイアントアント》が、平原の先でそびえる山岳地帯へ突き進んでいく。
「見えるか、イヴ」
「は、はいっ」
蟻を見下ろすエドが問いかけ、コクピットにイヴリンの細い声が響いた。
「怖いか?」
「……は、はい。ご、ごめんなさい……マスター」
「謝るなって。順番にやっていけばいいんだから」
黒金のエンボディ――《イーヴェルガ》。その姿は山岳地帯にある。
山頂付近で身体を伏せながら、ボルトアクション式狙撃銃の光照準器を覗き込む姿勢だ。
「まずは、止まったまま敵を撃てるように練習しよう」
「が、頑張ります……」
「よし、いくぞ」
言ってすぐにエドは、異常なほど重いトリガーを引き絞る。
【アングラーF】の銃口が唸りを上げ、空のカートリッジが鮮やかに宙を舞う。
「ギ、ギィッ!」
――命中。
その瞬間。《ジャイアントアント》はまるで割れた風船のように絶命した。
「次は右のヤツだ」
「は、はいっ!」
感度の悪い操縦桿をどうにか操り、《イーヴェルガ》が次々と蟻を撃ち抜いてゆく。
やはりそれは、エドの純粋な技量の高さと忍耐力によるところが大きい。
もし彼が幼稚かつ常人ならば、劣悪な操作性に匙を投げ、彼女を怒鳴っていただろう。
「ラスト!」
「はいっ」
敵の総数がきっちり調整されていたこともあり、ふたりは迅速に敵の処理を終えた。
程なく《マルレリギア》が【ヴォルガノンハンマー】で最後の一匹を叩き潰し――
〝Wave1 clear〟〝Go to the next Wave〟
そんな文字列が画面へ表示されるとともに一時の休息を迎える。
「ウェーブ1はこれでクリアですわね」
「あぁ、次も同じ感じで頼む」
正面ディスプレイに現れたアリスタの顔に向け、エドが言った。
「ナイスでしたよー、イヴリンさん!」
「えっ。あ、あたしは何も。全部っ、ま、マスターのおかげ、です……」
「やっぱり他と競ったりしない、筐体戦の方が気は楽か?」
「ど、どちらかと言えば……はい。アリスタさんも、マルチカさんもいるので……」
(思った通りか……)
――筐体戦。
それは対人戦が基本となるEFにおいて、誰もが気兼ねなく遊べるものだった。
巨大な怪物や無垢なるエンボディとバトルでき、クリアすることで制限とは別枠のガシャで使用可能なファイトコインが貰えることは、常にショップが盛況な理由の一つでもある。
今回挑んだのは〝防衛戦・初級1〟と呼ばれ、名の通りビギナー向けのクエストだ。
それでもこのクエストで圧倒的な勝利が得られたのは、凹凸が激しい岩肌のようなドレスを着たエンボディのおかげだと疑う余地もないだろう。
【桜妖蓮花】:N(マルチカ/マルチダ)(サイズM/地)
機体名:マルレリギア AP:650 DP:550
〝他の誰に笑われても、今が楽しければそれでいい〟
・ウェポンカード
【ヴォルガノンハンマー(格/特)】:N
〝基礎AP0.70倍の威力を持ったハンマー。命中時、15の固定ダメージを与える。命中対象が怯み状態の場合、さらに10ダメージを追加する〟
・ドレスカード
【インパクトメイル】:N
〝サイズMの自機を対象として発動する。全ての格闘属性攻撃に10パーセントの確率で命中対象を怯み状態にする効果を付与する。(※怯み 機体が0.5秒間、行動不能・マスターの視界が2秒間、暗転)(補正AP:-150 DP:-50)〟
アリスタはデッキにこの二枚だけを入れ、文字通りの無双状態だったのである。
彼女もまた、確かな腕前を持つひとりのマスターだった。
一方のエドはというと――
【願いの矛】:N(イヴリン/イヴレフ)(サイズS/地)
機体名:イーヴェルガ AP:300 DP:150
〝持たざる者、羨望のまなざし〟
・ウェポンカード
【アングラーF(実/特/射)】:N
〝基礎AP0.55倍の威力を持ったスナイパーライフル。脚部への命中時、威力が+0.2上昇し、燃料漏れ状態を付与する。装弾数10(※燃料漏れ 秒間1.5ダメージ・機体速度10パーセント低下・15秒間持続)〟
【試作型トゥーガンソード(ビ/格)】:N
〝基礎AP0.20倍の威力を持ったビームを放ち、基礎AP0.25倍の威力を持った刃が仕込まれた双銃剣。射程距離はあまり長くない。装弾数24〟
・ドレスカード
【リジットアーマー】:N
〝サイズSの自機を対象として発動する。移動速度を30パーセント低下させる代わり、停止射撃時のみ、DPの半分を基礎APに常時加算する。(補正)AP:+0 DP:+150〟
残り九枚も【弾薬】だけをセットし、完全に固定砲台の構え。
しかしこれはイヴリンの運用法として、間違いだという確信がエドにはあった。
(固定砲台はあくまでリハビリ。イヴのAD値は確かに低い……いや、低すぎる。少なくとも俺が知ってるカードの中で、本当にただ数字が低いだけのヤツなんていなかった。ガシャ運が悪くてちっとも高いステータスのエンボディが引けなかった俺だから分かる)
そんなことは絶対にありえないはずだ、と。
彼の思考回路に願望が混じっていないと言えば、嘘になるだろう。けれど、
(何かしらの強みがあるはずなんだ。数字以外の、何かもっと別の。今はもう、それが見えるような状態ですらなくて、誰もイヴのことを理解していない。そういう意識で接してもらえる機会も……思い上がりかもしれないけどたぶん、俺の次はないってとこまで来てる)
――周りから置き去りにさせたくない。させるものか。
父オリバがいなくなった日のことを、ふとエドは思い出していた。
(あの日の自分たちと重ねるのは、身勝手かもしれない。だとしても……俺は)
それから第二ウェーブも同じような戦法であっさりクリアし、最後ウェーブであるボス戦を前にエドはイヴリンに向けて心からの想いを綴る。
「イヴ、先に言っておく。俺はきみが自分を諦めていても、俺はきみを絶対に諦めない。約束する。だから、俺が信用できるといつかそう思えたら……きみの全部、俺に預けてくれ」
「――――……っ」
彼女はわずかな驚きを見せつつも、己のマスターの言葉にゆっくりと頷いた。




