《ガシャを引こう》2
「――そんなわけで、ガシャを引きます!」
「わーっ!」
「頑張ってくださいませ、エド様」
ガシャコーナーでの宣言に好意的な返事をしたのは、無感情のマルチカとアルマだけ。
残りは呆れるか、まだ失敗を引きずって目線を下げているかの二択しかない。
「どうせ出ませんのに……」
「分かってねぇな、アリスタ。確かに俺はガシャ運だけはなかった。でもそれは昔の話だ」
「一応、聞いて差し上げますが。その心はなんですの?」
「回してなかった数年分の運が溜まってる、ってことだろ!」
「はぁああ……」
先ほどよりもさらに深いため息だった。
「いやだってほら、初っ端もアルが引けたわけだし。ねぇ?」
「ふふっ。えぇ、わたしもエド様のもとに来られて嬉しく思います」
「はいはい、いちゃついてないでととっと回して散るがいいんですわ」
話している間に順番がやってきて、エドはガシャ筐体の前に立つ。
臨戦態勢だった。皆に見守られながら傍の入出金機で下ろしたての現金を投入する。
それから表示された画面のうち、迷わず〝一連〟を選択した。
「エド様、十連でなくてよろしかったのでしょうか?」
「ふふん。十連ガシャだろうが単発だろうが、一回は一回。アリスタが言うように俺は、運があるとは言えないからな。試行回数で引き寄せた方がいいって判断」
「なるほど、おっしゃる通りでございますね」
賛同が得られ、エドは「だろ?」と鼻を少し高くさせる。
「そうやって何でも甘やかすのはよろしくないですわ。仮にもし万が一、本当に運が溜まっているとして。ならその運を十連〝一回〟につぎ込まなくてどうするんですの?」
「……あっ」
「相変わらずガシャのことになった途端、とてもかしこくなりますのね……」
焦るエドの画面連打も虚しく、筐体内部で浮かんだ無数の札が回転を始めた。
だが、永遠のように感じられる無味無臭な演出から切り替わる様子はない。
そして――
【トウモロコシ】:N
〝高温で日照条件の多い条件下でよく育つ穀物。粒一つひとつにヒゲが生え、雌しべでもあるそれに花粉がつくことで受精する。ヒゲの数は粒の数と同じである〟
「「…………」」
「モロコシ、ですわね。しかも大通りの八百屋で売っているのによく似た……」
そのトウモロコシは確かに、エドにも見覚えのある色や形をしていた。
おとといの夜、スープで使ったばかりなのだから間違えようもない。
「か、カサブタ! そう、これはカサブタだからっ! まだ俺がEFやってた頃の名残りで、吐き出し損ねてた膿だからセーフ! むしろここからがスタートラインっ!」
「エド様、安心してください。そう慌てる必要もない、とわたしは思います」
「え?」
「理由がどうあれ、エド様は結果的に十連ガシャを選択なさいませんでした。つまり、これは〝不幸を回避できて幸先良い〟とも言えることなのではありませんか?」
「――ッ! アルの言う通り! すなわち次が真の幸運。十連を回すべき時は今ッ!」
未来への確信を得て、エドは今度こそ〝十連〟を選択する。
そんな彼の想いへ応えるように、筐体は大きな音を奏で始めた。
「ほら見ろ聞け! この、さっきより心なしか派手な演出とけたたましい音をっ! ガシャは誰にでも平等なんだ。別に鬼でも悪魔でもない! むしろ俺のEF復帰を祝福し――」
「でもマルチカさん的に〝さっき運を使ったからおしまい〟なのでは、とも思いますが」
「……えっ?」
エドの脳裏に一抹の不安がよぎった、その直後。
確信した未来は現在となって、彼の手元へ無機質に排出されていく。
結果は――
【ミミズ】:N
〝手足だけでなく目もない、紐状の生物。道端でよく干からびている〟
【何かの白い切り身】:N×2
〝何かの白い切り身としか言いようがないもの。ぶよぶよしていても気にしてはいけない〟
【醤油】:N
〝一般的な調味料のひとつ。やや濃いめ〟
【ランダム・シャドーイング(射)】:N
〝デッキのウェポンカード1枚を対象として発動する。次の攻撃時、フィールドのエンボディいずれかの現在位置までビーム・実弾を少し誘導させる効果を付与する〟
【笹】:N
〝竹の中でも草丈が低く、枝をたくさん生やすイネ科・タケ亜科の植物〟
【スプラッシュグレネード改(実/射)】:N
〝基礎AP0.15倍の威力を持った手榴弾。威力の大幅な減少に伴い、爆破範囲の拡大には成功したが、素直に手指部で投げると確実に自機を巻き込む。装弾数25〟
【誰かの噛んだガム】:N×3
〝もう味のしないガム。美女のだったらいいなと思わずにはいられない。定価10ルク〟
「うわぁああああああああああああああああああッッッッ!?」
「ひ、ひどい……」
アリスタも思わず、お嬢様口調をやめたくなるほどの衝撃だった。
カードが辺りに散らばり、それを目にした周囲も「あれよりはマシだな」という表情。
「まぁ、心なしの時点で無理でしたね! あとけたたましいのは、単発と十連の差です!」
「マルチカ様……その辺りでどうかご容赦ください」
「うぐぅッ!?」
正論とフォローがエドの胸を穿つ。しかし、そうしかしだ。
まだ戦いは終わっていない。
第二土の日である今日、エドに残されたガシャ回転数は最大で三十八回。あくまでそのうち、十一回を消化したに過ぎないのである。
「い、いやっ! まだだ! 俺はあとまだ、二十七回も引けるんだ!」
「えぇ。その意気です、エド様。がんばれ、がんばれ」
「……あなた内心、実は面白がっていたりしませんわよね?」
アルマの応援はエドだけでなく、無関係の男性マスターたちをも奮い立たせていく。
次々と筐体が高速で唸りを上げ始め、中には黄金に輝くものさえあった。
同じく孤独な戦いに臨む彼らに続こうと、エドも鬼気迫る表情で単発ガシャを回す。
だが――
【穴の開いた鍋】:N
〝溶かして鉄にするくらいしか使い道のない古い鍋〟
【クラッカーボ―ル】:N
〝地面に叩きつけるとよく弾ける。対象年齢7才以上〟
【ナマクラ・ブレード(格)】:N
〝基礎AP0.2倍の威力を持つ刀。命中の成否を問わず、刀を振る度に0.01ずつ倍率が低下する。模擬戦用として扱う分には丁度いい〟
【セミの抜け殻】:N
〝成虫になる過程で脱ぎ捨てられたもの。〟
【ニワトリ(オス)】:N
〝肉や飼料・肥料にするか、目覚ましに使おう〟
【ねばねば納豆】:N×2
〝とっても美味しい発酵食品。醤油は別途ご用意ください。Never give up〟
「ぅ、うるせぇえええッ! 余計なお世話だ、ちくしょうッ!」
「エド様。大丈夫です、あと二十回も引けるのですから。いずれ収束するものですよ」
「! そ、そうだ。アルの言う通り! 俺は……俺はまだ、戦えるッ!!」
ここまで十七回。つまり全体のおよそ半分悪かったのだから、もう半分はきっと良くなる。
そんな淡い期待――もとい、願望がエドの中で大きく膨らんでいた。
無論、運命の天秤はそれほど容易く傾いたりするものではない。
(それにしてもあのママ、素でマスターを地獄へ送っているのなら恐ろしいですわね……)
――――で、
「う、ぅうっ、ぅうう…………」
「よしよーし。こわくない、こわくない」
当然のように無残な爆死を遂げた姿は、情けなくもアルマの腕の中にある。
また筐体を占拠しすぎていたものの、精神安定剤として周囲に放置された状態でもあった。
「復帰早々、情けないですわね」
「うぅうっ!」
顔をうずめながらエドが駄々をこねるように唸る。
「インチキ豪運女に俺の気持ちなんて分からない、とエド様は申しておられます」
「それで。残り十回はどうするんですの?」
「ぅ、うう、うっ!」
「イヴに託す、とエド様は申しておられます」
「ぇっ! あ、あたしは……そ、その……」
いきなり話題が自分に飛び火し、ずっと小さくなっていたイヴリンがようやく声を発した。
慌ててしまった彼女にアリスタは、しゃがんで目線を合わせながら言う。
「気負わず回せばいいと思いますわ。どうあってもそこのあれより良いでしょうから」
「そうですよ! それに他人のお金で遊んでいいなんて最高じゃないですか!」
「は、はい……が、頑張ります……」
イヴリンが思い切り肩ひじを張ったまま、筐体のパネルに触れた。
特にこれといった演出もなくあっさりと十枚のカードが排出される。
「こ、これはたぶん。だ、ダメですよね……きっと。ご、ごめんなさい……」
そうして、カードを受け取ったアリスタが目を通して感想を述べた。
「縮こまる必要なんてありませんわ。HNこそありませんけど、アイテム無しなら文句なしの当たりでしょう。この中だと特にドレスとスナイパーライフルが実用的ですわね」
「!」
イヴリンの顔色が少し明るくなって、すぐ自己嫌悪になったのかまた暗くなる。
だが、
「ふぅ、よかった。全ては計算通り……とエド様は申しておられます」
「情けないから黙ってなさいな。それで、今日はもう帰るんですの?」
「いや、引けたならまだやりたいことがある」
エドは震える足でアルマのもとから立ち上がると、
「人間相手じゃないバトル――筐体戦だ」
真っ直ぐイヴリンを見つめ、告げた。




