太平洋への道(シリーズ探検の歴史)
「アメリカ独立宣言」起草者の一人でアメリカ合衆国第三代大統領に就任したトーマス・ジェファーソンは、同国が大西洋に面した東部沿岸だけの国から大陸を縦断し太平洋沿岸の西部にまで発展する礎を作った人物である。その一例が一八〇四年のルイジアナ買収だ。トーマス・ジェファーソンは今日のアイオワ・アーカンソー・オクラホマ・カンザス・コロラド・サウスダコタ・テキサス・ニューメキシコ・ネブラスカ・ノースダコタ・ミズーリ・ミネソタ・モンタナ・ルイジアナ・ワイオミングの十五州に相当する地域を、フランスから千五百万ドルという安値で買い取った。当時のフランスの指導者である第一統領ナポレオン・ボナパルト(後のフランス皇帝)は、宿敵イギリスとの戦いにかかる多額の戦費を調達するついでにアメリカを味方につけようという下心もあって破格の取引に応じたのである。
だがトーマス・ジェファーソンはナポレオンと同盟しヨーロッパの戦争に介入しようとはしなかった。買収した西部を開拓し、アメリカを発展させようと考えたのである。
そのためには、未知の領域であるルイジアナ以西の探検が必要だった。目指すは太平洋である。ロッキー山脈の西にある太平洋へ陸路で到達せよ! との大統領命令を受け探検隊が組織された。これがルイス&クラーク探検隊である。
一八〇四年、アメリカ陸軍の将校ルイスとクラークをリーダーとする約四十名の探検隊が出発した。彼らは現在のアメリカ合衆国北西部を進んだ。ミシシッピ川最大の支流ミズーリ川に沿ってロッキー山脈に分け入る。そして北アメリカ大陸の河川を東西に分けるロッキー山脈分水嶺を踏破した。やがて探検隊は西へ向かって流れるコロンビア川を下り、遂に太平洋へ到達するのだった。
この探検の成功はアメリカ西部開拓の幕開けとなった。アメリカ合衆国が大西洋と太平洋に面する国家へと成長する物語の第一章ともなった(序章はルイジアナ買収だろう)。北米先住民いわゆるインディアンの不幸が拡大する種子にもなった。彼らの受難はアメリカ発展と裏表の関係にあるのだ。
いずれにせよ、トーマス・ジェファーソンの意志が今日のアメリカ合衆国を形作ったと言って間違いはないだろう。世界をリードするアメリカ合衆国の誕生と発展に深く寄与した男の誕生が、現在まで続く歴史の分水嶺となった……と言い切っても、大外れではあるまい。