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彼女と僕

 彼女は燃え盛る街の一部分を見下ろしていた。僕は近づいた。

「桐山さん」

 彼女はこちらを見向きもしない。ぷかぷか浮かぶ僕に対して、彼女は虚空に静止していた。横顔のまま彼女は言った。

「あともう少しでもこちらに近づいたら、あなたを地に落とすわよ」

 脅し文句に僕は少したじろいだ。ここからは人はほとんど見えないし、家だって豆粒ほどにしか見えない。しかし、今立ち退いてしまったら、すぐにでも街は焼き尽くされてしまう。

「どうして街を燃やすの?地球を支配するのと関係があるの?」

「そうだよ。星を支配するにはいろんな方法があって、これもその一つ。あなたのせいで私は失敗しちゃったのよ。私のやり方が一番平和的だったのに。街が燃えるのは、あなたのせいなのよ」

 彼女の声に、苛立ちと諦めの色が混じってきた。

「今は、私の父と母が全部やってるわ。邪魔する奴はどうなると思う?」

 また、脅し文句を垂れてくる。しかしこんな緊張の渦に飲み込まれた状態で、何故だか僕は冷静になっていた。彼女の脅し文句は、聞くべきじゃない。

「桐山さんなら、なんとか止められるんじゃないか。君はその方法を知っているだろうし、それに元々、大して地球を支配したいなんて思っていない」

 彼女はこちらを向いた。眉は歪んで目尻は吊り上がり、瞳孔がギラギラしている。

「何を…」

『おい、ドロシーよ。お前の持っている通信機器、少し動きが悪いぞ』

 僕らの睨み合いに、謎の声が口を挟んできた。ドロシーの方からだ。なんだろう。

「おっ、お父様…」

『もし、それが壊れてしまったら、我が力が届かなくなって支配することは不可能になる。今すぐに、故障部分がないか確認しなさい』

 そしてその声は聞こえなくなった。彼女がポケットから聞こえた声に気を取られた隙に、僕は体をしならせて彼女のもとへ突撃した。そのポケットにあるものに手を伸ばしたが、彼女は僕の手をはじき、もう片方の手で銃に似たものを構えた。彼女が引き金を引いて、球が飛び出た。僕の横目を通過したそれは、短い雷だった。後方でビリリと爆ぜた。僕が呆気にとれらると、彼女は急発進して距離を取る。僕も慌てて後を追う。彼女は振り向きざま、パン、パン、と雷を撃った。僕は追跡しながらそれをよける。空中を駆け巡る僕の体は、信じられないくらいに身軽でどんな動きだってできたのだ。ヒュウヒュウ、と光は通過する。追いつきそうになる僕を何度も避けて、僕は宙を掴む。雷が横顔を掠める。あともう少し、あともう少し……

 彼女は弾切れの動作を見せた。僕はすかさず彼女に突進して、突き放そうとする彼女を雲の上に押し上げた。雲の上に来た次の瞬間、僕の体は急に重くなって、雲に落ちてしまった。もう駄目だ、と思ったが、不思議なことに、ベッドに抱きしめられるような感触があった。まさかの、雲に受け止められたのだ。雲は柔らかくてふわふわしている。しかし連日不思議なことばかりの僕には、この体験にどうこう思うにはその優先順位は低いと思われた。慣れとは恐ろしい。

 僕の手には、複雑な機械が握りしめられていた。同じく雲の上に乗るドロシーは、それを見るや否や、

「返しなさいよ!」

 とものすごい剣幕で僕に掴みかかってきた。重力が戻ってきた僕は貧弱脆弱に戻ってしまい、彼女にされるがままである。叩かれ殴られ噛みつかれ。しかし通信機器とやらだけは絶対に放してやるもんか。

「桐山さん、こんなことしなくたっていいんだ。支配なんて怖いこと、君みたいな人がやっていいはずない」

 彼女は怒っている。

「なんで私のこと何にも知らないくせに、そんなこと言うのよ。今までのこと、全部嘘よ。ぜんぶぜんぶ!皆のこと、好きでも嫌いでもないわ。皆、愚かで馬鹿なお人形。誰も私のことなんか知らない」

 彼女は息を切らしている。僕は言った。

「君は逃げていいんだ」

 ドロシーは叫んだ。

「都合のいいこと言わないでよ!」



 ゆらゆら揺れている。何処かで見たような景色だ。理科の教科書…あ、宇宙か。

 僕の正面に座る彼女は俯いている。馬車は傾く。馬は上下する。乗り物は中心の柱を公転し続けている。

ここは宇宙の片隅であった。広い宇宙の、果てしない隅っこ。そしてそこにはメリーゴーランドが出現するらしい。

「都合のいいこと言わないでよ」

 彼女はまた行った。

「裏切るかもよ」

 暗い声で彼女は言った。しかし僕は微笑むことが出来る。

「僕は君に出会えてよかったと思っているんだ」


 僕たちは旅に出た。今も広がっていく宇宙の果てがすぐそばにある。僕は座ったまま掌でその果ての壁をなぞった。でもどんどん広がっていくから、触れるのはほんの少しだけだ。そうやって宇宙の端っこを辿っていった。

 彼女は身を乗り出して何かを掴んだ。握りしめる手から光が滲んでいる。広げてみせると、そこには星が入っていた。彼女はこちらを見て笑った。それは今まで一度も見たことのない、無邪気でいとおしい笑みだった。僕は今、初めて彼女を見た気がした。

 彼女は僕の手を取った。そして光る星を僕の手に握りしめさせた。温かい。彼女は言った。

「もういいよ」



 僕はメリーゴーランドにいた。しかし向かいに彼女はいなかった。青い葉の風が吹きすぎる。僕は地上にいた。掌を見ると、確かに星が輝いている。新鮮な空気を吸って、夜明けが来ていた。




 真夏の日差しが照りつけている。汗を流しつつも僕はいつも通りに登校して、後ろのドアに手をかけた。僕は一瞬立ち止まったが、時間がヤバいので無視して開けた。

 いつも通りである。しかし、

「ねぇ、あそこの席誰かいなかった?」

 隣の席の人は首を傾げる。

「いや…誰もいないでしょ。なんか幽霊でも見た?」

 ほかの人に聞いても、誰もが美少女のことなど知らないと言う。教師は、ドロシーの欠席さえ確認しなかった。隕石が到来したことも、街が燃えたことも覚えていないようだった。

 呆然としかける僕に放課後は早くもやってきて、昇降口を出た。僕の持つ傘を見て誰かが言った。

「ああー、あるよなぁ、傘持ってきたのに雨全然降らない日とか」

「でも今日朝から晴天じゃね?あいつなんで持ってるん?」

 僕は黙って歩き続けた。確かに、隕石から身を守るために街の全員が傘をさして歩いていたなんて、おかっしな風景だったのだ。

「よぉーっ」

 急に重そうなものがとびかかってくる気配がしたので、僕は颯爽と右に避けた。勢い余ったそいつは前方にスライディングした。服が焦げた音がした。彼も傘を持っていた。

「避けんなよぉ!」

 彼は飛び跳ねて立ち上がった。

「今日いちにちどこにいたの?」

「無視すんなぁ…。や、隕石降ったこととか、街がファイヤーしたこととかドロシーちゃんのこととか誰も覚えてなかったから、職員室に突っかかりに行った」

「なんでだよ」

「そしたら、頭おかしい奴扱いされて保健室行きになっちゃった」

 てへ、と友人Dは舌をだす。

 街には焼け跡一つ残っていない。学校も崩れていない。降った隕石もなくなっている。ロボ助も行方が知れない。だから、今地上にあるのは、なんてことのない日常と、トンチンカンな僕ら二人だけだった。あ、と思い出して僕はあるものを友人Dに見せた。

「うわ、なんそれ、すっげー綺麗」

「桐山さんにもらった」

 小さな星だ。何故彼女がこれを渡したのか、今なら分かる。

 彼女は今、どこにいるのだろうか。故郷の星に帰ったのか、遠くの星に一人で旅に出て行ったのか、ここにいる僕じゃわからない。案外、ロボ助と一緒かもしれない。

「いいなぁー、俺も彼女ほしーい」

「適当なこと言うな」

 浮かんだ僕らは並んで傘をぶらつかせて、夏の午後を歩いて行った。



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