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夏は隕石を連れて

 教室の窓がガタガタ揺れている。外で木々や花々が圧力に殴られている。風が強い。あまりにもされるがままなので少し不憫である。

 修学旅行が明けて、今度は各々の部活が終わる時期に差し掛かってきた。僕にはてんで関係のないことだが、クラスのムードはずっと落ち着きがない。

前の席にいる友人Dは相も変わらず爆睡している。僕も彼も何にも変わっていないというのに、どうして関係だけ変わってしまったのか。いや、気づかないだけで変わってしまったのかもしれない。僕は修学旅行の夜を思い出す。僕は友人Dにどう思われているんだろう。そして友人Dは元に戻るのだろうか。どうしたもんかなぁ、と考える。

 唯一の手掛かりは絶世の美少女こと桐山ドロシーだが、なんと最近、彼女にも変化があった。

がらら、とドアの開く音が聞こえる。

「あ!ドロシーちゃん。今三限目おわったよ?」

「いやぁ、ちょっと用事があってねぇ」

「最近多いね。忙しいんだね…。手伝えることがあったら言ってね」

ドロシーは笑って颯爽と席に着く。彼女の友人は他の子のところへ話に行った。

 今まで彼女は無欠席無遅刻だったのだが、修学旅行以来欠席遅刻が増えだしたのだ。彼女曰く「用事」が出来たかららしいが、もちろん、僕はそんなものは信じない。

 彼女は次の授業の準備が終わると黒い髪を払って微かな息をつく。僕は八つ橋屋さんでのドロシーを思い出す。普段真っ白な彼女の顔が、さらに白くなって最早白の領域を超えていた。ほとんど青く見えたのだが、やはり体調が悪かったのではないかと思う。そして今も引きずっている。

何故急に体調がすぐれなくなったのか。深く考えないでほしい。諸君、八つ橋なんて砂糖の塊ではないか! 砂糖に弱っちい隕石とロボットが彼女に関係しているのだとすれば、彼女が砂糖に弱いのだって合点がいく。彼女の星の奴らは砂糖に敵わない。沖縄のサトウキビ畑にでも彼らを放り込めば地球侵略なぞ阻止できる気がしてきた。

 四限目のチャイムが鳴った。教師が入ってきて授業が始まったので、僕は早速ドロシーを問い詰める作戦プランの作成を始めた。



「友人D!」

 僕は叫んだ。誰もいない放課後に声が響く。彼の背中が暗い廊下に浮かんでいる。一瞬彼は止まりそうになったが、また行こうとしてしまう。僕は走って彼の肩に掴みかかった。こちらにぐい、と回転させて僕と彼は向かい合った。僕は彼を見上げた。そのとき、僕は息をのんだ。

 「誰じゃテメェ!!」とか喚いてぶん殴りたくなる程、彼の顔は彼でなくなっていた。彼の目、口、鼻、眉、頬のはずなのに、僕は彼を彼であると認識するのに困難だった。例えば、久しぶりに会ったいとこの身長が異常に伸びていて別人のようだとか、再開した元恋人の性格が豹変してたとかいうのとは別次元のことだった。彼の眼は空っぽでがらんどうだった。呆気にとられた僕の顔が映りこんだ。

「おい、おい!友人D!」

 何度呼びかけても返事はない。ぶんぶん揺すってもぼうっとしている。

 途方に暮れかかって僕は彼の肩を掴んだまま俯いた。砂の海が映った。遣る瀬無いほど漠然と広い砂の上に、僕はこの人と二人きりで突っ立ていた。一体この人は誰なんだろう?本当に友人Dなのか?全然知らない奴だったんじゃぁないのか?ていうか元々友人Dなんて本当にいたのか?僕の知ってる友人Dって誰だ?

 痛く強い風が吹きつけた。砂が嵐のように舞って目の前の人間を隠してしまった。目に砂が入って僕は目を閉じた。体が頼りない。足は砂すら掴めない。友人Dの肩しか分からなかった。

 僕はしばらく眼を瞑っていたが、にわかに嵐が去った気がして瞼を開いた。見上げると何が見えるのか分からない眼で、彼がぼうっと立ったままだった。突如僕はイライラしてきた。何だこの間抜けな顔は。こいつが何も考えずただぽけーっとしている間に、僕はひとりで空騒ぎばかりしているじゃないか。恥ずかしい。もう、一体、どいつもこいつも何なんだよ!

 彼の両肩を掴んだ両手に力が籠る。何かが腹の底でぐつぐつ沸き立つのを感じた。

「揃いも揃って美少女に騙されやがって……。許さんぞ、全員チョロすぎるぞ。特にお前、ずっとずっと腹が立って仕方がないんだ。元に戻ったら回し蹴りしてやる」

「なぁ、お前操られてんだよ。絶対そうだ。絶対。彼女を止めなきゃなんないのに、お前が協力してくん無かったら成立しないプラン立てちゃったよ」

「僕は薄情もんだから、お前なんて、別にどうでもいい。本当のことなんて知らない。ただ、近いうちに、小汚いロボでも送り付けてやる」

 友人Dは何もみえていないようだった。彼の眼に見た僕の瞳はギラギラしていている。それがこんなにも憎たらしい。

 正味、今回は話しかけるだけで彼が正常になると思っていた。美少女が弱っている今、精神コントロールとやらも力が無くなっているのは、彼女に対するクラスの反応でわかった。彼女を中心としたクラスの体制が崩れかかっていたのだ。友人Dを取り戻すのは今しかない。不意に彼の体重を感じた。前みたいな勢いはないけど、確かに彼の重さを感じて、僕は困惑した。が、それどころではなくなった。

「何してるの?」

 今一番聞聞きたくない声だった。僕の背中の方向から、怪しいだけの気配がいつの間にか漂っていた。友人Dにのしかかられたまま振り返ると、夜みたいに暗い空間の曲がり角にドロシーが立っていた。彼女は無機質に笑っていた。美しさも通常も捨て去ってしまったかのような、酷く歪な何か得体の知れないものがこの空間を支配している。僕は思わず逃げ出したかったが、さっきのイライラの残りかすが踏みとどまることを強要した。冷や汗が背中を伝うのが分かった。

「別に…なにもしてないけど」

「嘘」

 これは本気で核心を突き殺そうとする「嘘」である。

「あんなに大きい声、あなた出せたのね。響いてたよ、廊下に」

 僕は唾を飲み込んだ。彼女に聞こえてたとすると大分まずい。彼女は僕のだんまりを見て卑しく笑った。

「仲直りはできた?」

 僕は追い込まれた状況にいる。いるはずなのに、状況の打開について考えていなかった。ただ、彼女はこんな風に笑う人だっただろうか、と思った。何かを隠している。突然、物が崩れる音がした。本の雪崩の音だった。いやに辺りが静かだ。彼女の笑う表情が死んだ。

「何してるの?」

 彼女の声が響いた。僕はなにか解答しなければならない。なるだけ適切な応答を…

「怒ってる?」

 僕も彼女も拍子抜けする応答だった。僕は自分が何を言うのか何も予感せず口を開いた。

「いや…御覧の通り今抱きつかれてるじゃん?僕。や、友情の抱擁なんだけど、初見だとBLに見えないこともないというか、てか冷静に考えればこんな阿保にべったりされるなんて友情でも恋愛でもその他でも気味が悪いなって、今、桐山さんの視線によって気づかされたよ。安心して、僕はこいつと縁を切る」

 彼女は目をぱちくりさせた。僕はがしかかってるこいつをひっぺがすために押しのけようとえっちらおっちらしていると、誰かが渡り廊下から覗いているのに気づいた。教師だった。びっくりして友人Dを放してしまうと、彼は床に頭をぶつけて失神した。あ、と思ったが、その時の教師の一言、

「やだ……三角関係なのね」

 間抜けな空間に収拾された。



 僕らは帰路を歩いている。僕らというのは僕とドロシーのことで、友人Dは僕に背負われて楽をしている。いびきが聞こえるたびに殴ってやりたいと思う。

 僕らはしばらく無言だったが、ドロシーが口を開いた。

「縁切ったとか言って家まで運んであげるんだから、あなたってお人好しなのね」

 彼女は笑った。人類の敵であるはずの、機械みたいな宇宙人なのに、彼女が隣を歩くことに僕は抵抗感がなかった。僕はそのたびに、彼女に精神コントロールされてるんじゃないかと疑ったのだが、自分じゃどうもわからない。ちなみに友人Dは大分重いので笑ってないで代わってほしいのだが。何されるかわかったものじゃぁないからできないのだ。僕はリュックサックを腹の方に持ってきて、彼の鞄や傘は自分の腕に引っ掛けた。

 陽はまだ落ちない。廊下があんなに暗かったのが噓のようだ。さっきよりずっと健康的な汗が僕の頬をなぞった。風が凪ぎ始めている。

「……もう夏が来る」

 彼女は首を傾げた。「まぁ、梅雨が明けたからね」

「あなた、夏と冬どっちがすき?」

「どしたの、いきなり」

「私、はるがすき」

「……」

「どっち?」

「……夏かな」

「え!?」

彼女は眩しい顔をした。

「なんでそんな驚くの」

「だって夏苦手そうな印象しかないんだもん」

「冬は寒すぎて怒りが湧いてくる」

「わはは」

僕は友人Dをしょい直した。

「一生かまくら作れないじゃない」

「作らんでええ」

彼女はまだ笑っている。

「あなた、やっぱり面倒見いいよ。面白いわね」

今度は僕が首を傾げる番だった。僕の性格に面白味なんてものはない。面倒見もよくない。

「ふふ……あ、もうお別れね」

いつの間にか彼女と僕らの分岐点に着いていた。彼女は申し訳程度に手を振ると、くるっと向きを変えて遠くなっていった。僕はしばらくの間見送ると、も一度しょい直して彼を彼の家へ配達しに進む。自分より大きい奴を運ぶのはとても疲れる。元々体力もないのに、こいつは一体どんだけ面倒なことをさせてくるのだ。……もう夏が来る。それは喜ばしいことだ。特段好きということもないが、春や秋や冬より寂しくないから、もし友人Dが僕のことを思い出さなくても平気でいられる気がする。

 汗が滲む。友人Dの涼しい顔が隣にある。畜生。こんな奴のせいで、こんな奴のせいで……。

 汗が滲む。意外なことに、瞼の裏からも汗が流れてきた。こんなところから出るなんて初めて知ったな、へぇ。

 彼の家の鍵は開いていなかったので、玄関の前で転がせておいた。僕はそのまま家に帰ろうと思ったが、足は反対方向へと進んだ。



 たどり着いたのは薬局だった。自動ドアを通過すると女性と目が合った。白衣を着た彼女は優しそうに微笑む。

「久しぶり。そこ座ってて」

 そう言うと彼女は後ろを顧みて、

「おにーさーん、弟さんが来ましたよー」

 人違いでーす(補足:お兄さんお兄さん呼ばれてるけど兄弟じゃない)、と言いながらもお兄さんは調合室から出てきた。ふわわ、と欠伸をする。何でいつも眠そうなんだろ。

「ああ、今日もう客来なさそうだからあがっていいよ…なんだその疲れ切った顔は」

 お兄さんは女性を帰らせると、どかっと僕の隣に座った。僕は自分の顔を触る。

「実は…かくかくしかじかでして」

「嘘でしょ。世の中何が起こるか分からんねぇ」

 お兄さんはすんなり信じる。並みの大人じゃこうはいかない。

「友人D君かぁ、なつかしいなぁ。君は今宇宙の美少女と古い親友との間で揺れている訳か」

「なんでそこに帰依するの?」

 お兄さんはちょっと僕をからかったが、両手を組んで少し考えた。

「ずっと取り返そうとしていた友達が、果たして本当に操られてるのか否か分からなくなった…。人を疑い続けるねぇ」

 僕はむすっとした。

「何かおかしいですか」

「いや、気を悪くするなよ。どんな関係であれ人を疑うことは、全き人間のすることだ。君は正しい。しかし、君は疑うことに甘んじている」

 僕の心臓が跳ね上がった。お兄さんは真剣なまなざしでこちらを見ている。

「君は孤独だ。だから、遠い目をした友達に、君がずっと声をかけ続けたことはきっと何よりも素晴らしいことなんだと思う。君は愛されることを恐れているから」

 そう言うとお兄さんは僕の肩をたたいた。そして切り出すように言った。

「それと……あまり女性の我儘は聞かないように」

 僕は変な顔になった。急になんだ。

「いや、困ってたらもちろん助けてあげなよ?でも、世の中には脅迫めいた我儘を言う女性もいるんだ。もう、脅しじゃね?っていう。我儘の多い女性は、何かとんでもない欲求不満を持っていて、それは言葉でおおわれている。だからこそ、行動で見るべきなんだ」

 お兄さんは熱弁している。「なにか、質問は?」

「ええ…じゃあ、それは女性に限ったことでは無いのでは?」

「いい質問だ。確かにそうだ。しかし、女性はみんな可愛いから言ってることをついつい全部聞きたくなるものなのだよ」

「…どんな脅迫されたんですか?」

「悪い質問だ。次」

「……元カノ何人いたんですか?」

「悪い質問だ。質問するな」

 質問訊いたのそっちでしょ。お兄さんのやんちゃな青春時代の話は聞けなかった。



 次の日、快晴。僕はいつも通りに後ろから教室に入る。しかしドアを開けた刹那、僕は異変を感じ取った。教室に入るとき毎回のように刺されていた悪意の視線が、一切なくなっているのだ。僕は人生で初めて歩くことに成功したかのような変な気持ちになった。あまりにも歩きやすかったから、勢い余って教室の奥の壁にぶつかるところだった。僕は挙動不審を隠せないまま、席に付こうとした。椅子を引く手が震える。

「おはよう。相変わらずギリだな」

ギョッとして隣を見た。「お、おはよう…」

「ん?朝から挙動不審か?」

 どういうことだ。皆普通に戻っている。ドロシーの力が無くなったのか。はっとして前方を見た。友人Dは来ている。しかし爆睡している。ホームルームのチャイムが鳴って、教師が入ってきた。僕はそんなこともお構いなしに彼を揺さぶった。

「おい、起きろ、ねぇねぇねぇねぇ」

 全然起きてくれない。代わりに反応したのは先生だ。

「いっつも寝てんじゃない、こいつ。どうしたの急に。君らしくない」

 先生がおどけるとみんな笑う。冷やかしの笑みではない。ここは急に安全な場所になったのだ。

 ドロシーは欠席だという。僕は彼女が本格的に体調を崩したのだと推測した。彼女も体がバラバラになってしまうのだろうか。

 何でもないように一限目が始まった。友人Dは号令にも反応しないくらい深く寝入っている。今まで号令くらいには従ったのだが。ともかく、今日は穏やかに過ごせそう…

「せんせい!外の様子が変です!」

元気よく言ってくれたのは、僕等窓際の席の一番前の子だ。彼女が指さす窓の向こうには、大量の光が空を流れている。……隕石がこっちに向かってきている。

「なんだよ、いつものことじゃんか」

一人の男子生徒がそういうが、たぶんそいつはバカだ。いつもよりずっと勢いがすごいし、量も段違いに多い。もしあれが学校に衝突しようものなら……。

 生徒が騒ぎ出すのを見計らったかのように放送が始まる。

「生徒の皆さん、机の下に潜ってください。学校は対隕石用の防御壁を設置しています。大きな音がしますが、慌てないで、机の下に潜って身を守ってください。あ意味とか考えないでください。隕石に対して机の下って意味あるん?と考えた瞬間があなたの最後です。学校は安全です。えーん、先生だって死にたくないよぉー…」

 先生も大分焦っているようだ。頼りない放送だったが僕らはそれに従うしかない。外から大きな音が聞こえる。対隕石用とかいう防御壁が学校を包んで学校は夜みたく暗くなった。包まれた途端、衝突音が僕らの脳天を撃って慄かせた。悲鳴が聞こえる。泣き出す子もいる。今日いないドロシーの企みなのか。学校中が恐怖の底にいるみたいだった。ふと、僕は机の下から見上げた。…友人Dは潜っていなかった。椅子にきちんと座って眠っている。清々しいにもほどがあるぞ。

 次の瞬間、横顔で爆発音が轟いた。防御壁が隕石によって打ち砕かれたのだ。突然光が差した。隕石は勢いをなくして、地面にぶつかって地球を壊しそうだ。どんどん光が差してくる。僕らは地獄の光が広がっていくのを呆然と見上げるしかなかった。恐ろしさで体が動かない。僕は喉を振り絞って擦れた音を出す。

「友人D、そんなとこに堂々といたら危ないだろ。おい、起きろ」

 無論起きない。そのとき、窓ガラスが破片をばら撒いた。鼓膜が撃たれた。悲鳴がひしめいた。打ち砕かれた防御壁の破片が窓ガラスにまで飛んできたのだ。このままでは友人Dが死んでしまう。

 僕は机の下から出ていた。震えが無くなっているようにそのとき錯覚した。いわゆる、ハイになっているというやつであろう。僕は眩しい地獄の向こうを見た。また一つ打ち砕かれた何かの破片がブーメランみたく飛んでくる予感がした。位置的に友人Dに当たってしまう。

 突如音が眼前に迫った気がした。綱引き一対多数でも圧勝できる馬鹿力で、友人Dを宙に投げ飛ばした。破片が誰もいなくなった席に直撃して僕も吹っ飛んだ。ガラスの破片が頬の肉を抉った。視界が揺れて何かに打ち付けられた。

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