LEGATO A TE 纏縛 II
ダヴィデは、もういちど父の私室のドアを見た。
いまごろコルラードは、父と別邸で二人きりですごしているのか。
涼しげな美貌に微笑を浮かべ、父とあまく視線をからませているのか。
夜には父のベッドで、父にしか見せない艶っぽい表情を見せているのか。
もし父よりさきに出逢っていたら、コルラードは自分を一人の男性として見てくれただろうか。
もし自分がコルラードよりも歳上であったら、父から奪うことができただろうか。
もしもコルラードが十五歳のときに想いをつたえられていたら。
不可能なことを延々と考えた。
コルラードがこの廊下を歩いていた姿を思い出しながら、べつの方向へと進む。
かなわぬ恋を噛みしめて階段を降りた。
階段下のホールに執事のオルフェオがいるのに気づいた。
玄関口のほうを見ている。
客人か。
若いころから美貌で評判だったというオルフェオは、歳を食って凄みが増し、いまでは威圧感のある美丈夫という印象だ。
察しのよすぎるところがダヴィデは苦手だった。
常に人当たりよくほほえんでいるが、裏がありそうな雰囲気がある。
父のお気に入りの従者だったということだが、コルラードとはあまり仲がよくないらしかった。
庭師のウベルトとともにかつては間者のようなことをやっていたと聞くが、いまでもやっているのか定かではない。
ヴィチェンツァで公証人をしているウベルトの息子は、まっとうで感じのいい人だが。
「こちらです、コスタンティーノ様」
オルフェオが玄関の扉を開けて客人をなかへとうながした。
正装した少年が、姿勢のよい歩き姿で入ってくる。
ダヴィデは目を見開いた。階段を降りていた動作を止める。
きれいな銀髪。
コルラードを思い出させる。
可憐な少女のような顔立ちに、紺青色の透け石のような瞳。
かわいらしい姿に反して、気の強そうな表情。
コルラードの少年時代はこんな感じであったのだろうかと思わせる容貌だ。
少年は付き人を目で促すと、しめされるまま応接室のほうへと向かった。
ダヴィデはぼうぜんと少年の姿を凝視した。
足早に階段を降りる。
少年を見送るオルフェオに、つかみかかるようにして迫った。
「ど、どなただ、あのかわいらしい方は!」
オルフェオが何を思ったのか、複雑な表情をする。
「ご親戚のコスタンティーノ様ですが」
「コ、コルラードに似ていないか?!」
「コルラード様のご子息ですから」
ダヴィデは、オルフェオにつかみかかったまま固まった。
「ご結婚なさっているのは知っていたでしょう?」
「それは知っている」
父はコルラードを養子にしただけでは足りず、コルラードが二十歳のころに親戚の娘を娶らせて完全にヴィラーニの家系の一員にしてしまった。
コルラードをほかの人間にとられるのが嫌で軟禁までやらかした父だったが、コルラードの立場を思ったら苦渋の策だったのだろうと思う。
「それは知っていたが、子息がいたことまでは」
「親戚の方がごあいさつにいらっしゃると昨日おつたえしたはずですが」
「き、聞いたが、あんなかわいらしい方だとは」
ダヴィデは落ちつきなくコスタンティーノの通って行った廊下を見つめた。
「したくをして来たらどうですか?」
オルフェオがなぜか眉間にしわをよせて言う。
「わ……私に会いにわざわざ来てくれたのか?」
ダヴィデはつい照れて口元をゆるませた。
「十五歳になり、公務にたずさわることもこれから出てくるであろう親戚の者が、爵位を持つ実質的な当主にごあいさつに伺うのはごくふつうのことで他意はありません」
オルフェオが言う。
「分かっている。何を "他意はない” を強調しているのだ、おまえは」
「いえ」
オルフェオが顔をしかめる。
「コルラードの少年のころはあんな感じだったのだろうか……」
ダヴィデは首を伸ばしコスタンティーノの行った先をもういちどながめた。
「たしかにあんな感じでしたね。そっくりです」
オルフェオが、おなじ方向を見て答える。
「かわいらしいな……」
「さきに具申申し上げておきますが」
オルフェオが前置きする。
「くれぐれも、あの方を思いつきでご養子にしたりしませんように」
ダヴィデは鼻白んでオルフェオの顔を見た。
「何を言っているんだ、おまえは。親戚の方なら、そんなことをしなくてもいつでも会えるではないか」
「やはりもう次に会う算段をしていらっしゃるのか……」
オルフェオはキツく眉根をよせた。
「女中もいるまえで据わった目でいかがわしいことを言ったり、ウソの話をでっち上げて寝室に連れこんだり、あの方に親切にしただけの人物を間男と決めこんで拳銃をつきつけたり、くれぐれもしませんように」
「な……何の予言をしているのだ、おまえは」
ダヴィデはつい身体を引いた。
「ともかくあの方は、ご親戚の御家の当主になる方ですから」
「分かっている」
ダヴィデはそう答えた。ふたたびコスタンティーノの行った廊下をそわそわとながめる。
「私に面会にいらしたのだろう。したくをするからいちばんよい紅茶を出してやってくれ」
ダヴィデはそう言い、そわそわと襟元を直した。
「いや……コーヒーなんかが好きだったりするかな」
オルフェオのほうをふり向く。
「どちらだと思う」
「そこまでは存じ上げません」
オルフェオは整った顔をひきつらせた。
「コスタンティーノか……」
ダヴィデは目を蕩けるように細めた。
「何というか……コルラードに対しては、ただのあこがれだったのだろうか」
ついそんなつぶやきがダヴィデの口から漏れる。
オルフェオが大きくため息をついた。
SENZA FINE
Un bacio e scusa ancora.
最後までお読みいただきありがとうございました。




