LA CAMPANA DELLA CHIESA SUONA 教会の鐘が鳴る III
雨上がりのひんやりとした風が頬をなでる。
教会の建物のうしろにならぶ糸杉が、さきほどより緑色が濃くなって目に映る。
「彼女の葬儀以降、霊廟には行っていないようだと聞いたのだが」
ダンテは、コルラードのうしろを歩きながら尋ねた。
コルラードが不審げな表情でふり向く。
「いや……このまえゾルジ家の使いの方がいらしたさい、雑談でそんなことを」
また勝手に調べたと思われてしまったのだろうか。
オルフェオを使って身辺を調べてしまったのも、この子の強い不信を買った原因なのだと分かっていた。
ただ知りたい一心だったのだ。
言い訳にもならないのは分かっているが。
リュドミラの行方を知るという目的のつもりが、いま思い返してみるとかなり早い段階でこの子のほうに気持ちがかたむいていた気がする。
出逢うまでの人生の時間を一気に埋めるように、些細なことでも知りたくなった。
「アバズレのくせに、シレッと教会に埋葬されている人の墓なんて」
「またそういうことを……」
ダンテは眉をよせた。
「あいかわらず彼女の話は嫌いなんだな」
ため息が出る。
コルラードと彼女の話をするのは、当分はムリなのだと理解した。
彼女に関する思い出話を、唯一共有できる相手だと思っているのだが。
「彼女の生前からそんなに嫌っていたのか?」
「嫌いでしたね。いまはもっと嫌いです」
コルラードが吐き捨てる。
手元に植えられていた低木の葉を、片手でザザッとなぎはらう。
「好きな人の頭のなかに十年もいすわり続けて……」
「彼女の好きだった花を聞いても答えてくれないし」
ダンテはもういちどため息をついた。
「なんで僕がそんなものを教えなくてはならないんですか」
コルラードがイライラと歩く速度を早める。
「大事なことを言いに行ったんだ。できることなら相手の気に入りそうな花をたずさえるのが礼儀じゃないか」
「あこがれていましたと言いに行ったか」
コルラードがフンとそっぽを向く。
ダンテは小走りであとを追った。
「きみと生涯いっしょにいたいと言ってきたのだが」
教会の鐘が鳴った。
あたりに軽やかな音が響く。
ややしてから、教会の扉が開いたのが見えた。
数人の教職の者たちが出入りしている。聖堂にかざる花だろうか、手にいっぱいの白百合の花を抱えていた。
コルラードが、すこし歩速を落としてくれる。
「嫌だったか?」
コルラードは無言で小道を歩き続けていた。
やがて門のまえに差しかかると、つないでいた馬の顔に両手をあててなだめる。
轡の音をカチャカチャとさせ、馬が首を上下させた。
「コルラード」
「さきに実家に行ってます」
コルラードが馬に顔をよせるようにしてそう告げる。
さきほどから、いっさいこちらを向かない。
また機嫌を悪くしたのだろうかと思ったが、声色は怒っているふうではないように感じられる。
「いっしょに」
「馬に乗れるようになってから言ってください」
コルラードはそう返して、輪金具につないだ手綱を外しはじめた。
馬が首をふり足踏みをする。
「こんどまた時間をとるので教えてくれ」
「手元も見ないでしがみついてばかりいるからイヤです」
コルラードが慣れた手つきで手綱を外す。
「しがみついてはいない」とダンテは頭のなかで反論した。
つい抱きしめて、しあわせに浸ってしまうのだ。
コルラードのしなやかな体が馬上で巧みな動きをするたびに、これは現実なのかと確認したくなってしまう。
出逢ってから、ずいぶんと揉めてきた。
こんなことまでつき合ってくれる関係によくなれたと、いまだ信じられないのだ。
「あの」
ふいにコルラードが、こちらに顔を向ける。
「べつにイヤではないので」
そう言い微笑する。
笑顔を見せてくれたのは、はじめてではないだろうか。
「……何が」
ダンテは、口元をほころばせながら尋ねた。
「ああ……馬の乗り方を教えてくれるのがか」
コルラードは、とたんに機嫌悪く唇を尖らせた。
「バカ」
そうと口にして、ふたたび馬のほうを向いてしまう。
またバカか。ダンテは眉をよせた。
最近の口癖になっていないか。
「好きだけど」
コルラードが手綱を外し終えてポソリとつぶやく。
ダンテは、コルラードの動作を目で追った。
何か言ったかと視線を左右に動かす。
コルラードが、鐙に足をかけて鞍に手をそえた。
かけた足に力をこめようとして、しばらくして思い直したようにやめ、鐙から足を外す。
コルラードはクルリとこちらを向くと、手綱を手にしたまま近づいた。
おもむろに背伸びをし、ダンテを抱擁する。
抱擁する瞬間、ものすごくかわいらしく微笑んでいた気がした。
ダンテの両の頬に、やわらかい唇を押しあてて接吻する。
一瞬口づけるのかと思ったが、「では、あとで」と小声でささやいた。
ダンテはとまどったものの、あわてて身体を少しかがめて抱擁に応じた。
門の近くに植えられたジャスミンの白い花弁がはらはらと舞う。
鐘の音は、共鳴してあたりに高く低く響き続けていた。
咎められるような抱擁ではないだろう。
コルラードの背に手を回し、ダンテは同じように両頬に接吻した。
FINE
Un bacio e scusa ancora.




