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【完結】呪縛 〜心を呪縛された男と、体を呪縛された少年の狂恋譚〜 〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
EPILOGO

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LA CAMPANA DELLA CHIESA SUONA 教会の鐘が鳴る II

「……そうか」

 ダンテはそう返した。期待した気持ちのもって行き場がない。


 この子のぴしゃりと言いきってしまうところにも、以前はずいぶんともどかしさを感じて責めたりした。

 さいきんはさほど気にならないのは、こうは言いつつも日常的には恋人か何かのようにすごしてくれるからだ。


「父もそろそろ時間があいたころでしょうし、お食事はこのつぎでもいいでしょう」


 ダンテは、コルラードの顔を見下ろした。歩きながらまじまじと見つめてしまう。

「このつぎは……いいのか」

「かまいませんが?」

 コルラードが何でもないことのように答える。きょとんとした表情をこちらに向けた。


 この場で抱きしめたくなる。


 教会の敷地内だ。いやがるだろうか。

 あいさつの抱擁(ほうよう)なら何も悪くはないのでは。

 ダンテは手を動かしかけてはやめ、動かしかけてはやめをくりかえした。

 こんな人目のあるところで。やはり怒らせてしまうだろうか。

 横目でコルラードの様子を伺う。

 すこし湿り気ののこる銀髪を、気にもしていない横顔がかわいかった。


 愛を説く神の家で、なぜ私がコルラードに愛を語ってはいけないのだ。


 そう思えてきた。

 コルラードの肩に手をのばす。

 そっと。抱擁するだけだ。

 あいさつ程度の。友人同士でもよくやるような。

 養父と養子が教会であいさつの抱擁なんて、決しておかしくはないはずだ。


「コルラード」

「司祭と話をしてきたらどうですか?」


 ふいにコルラードが教会の建物のほうを見る。

「え……」

 ダンテは手を止めた。顔を(こわ)ばらせる。

 あいさつの抱擁くらいでずいぶんとキツい(とが)め方をするなととまどう。

 コルラードは、建物の向こうにある薬草園のほうを見ていた。

 司祭らしき姿は見えないが、あそこでよく薬草の手入れをしている司祭なのだろうか。


「ここの司祭なら、うちの葬儀のことも知っている。様子をどれだけ記憶してるかは知りませんが、母に関する記録を見せてもらえるのでは」


 そうコルラードが話す。

 (とが)められていたわけではないのか。ダンテはホッとした。

 一定の間隔で立つ薬草園の木の柵をながめる。

 リュドミラのことは、できることならコルラードの口から思い出話として聞きたいのだが。

 だめなのだろうか。

 コルラードは少し首をのばして薬草園の方を見ていたが、ふたたび早足で歩きはじめた。


「コルラード」


 ダンテは小柄な背中に向けて呼びかけた。

「その……ゾルジ家での彼女の暮らしぶりはどうだった?」

 ダンテは尋ねた。

 彼女に男女としての感情などすでにないのは自覚しているが、特別な人ではあった。

 奥方として屋敷でおだやかに暮らしているさまを想像したら、目元がほころんだ。

 息子たちに菓子など作ってやることもあったのだろうか。

 もしかしたら息子たちの服のつくろいなどもしてあげていたかもしれない。

 コルラードに、どんなふうに話しかけていたのか。

 ヴィラーニの屋敷で見せていた優雅なほほえみではなく、声を出して笑っていたりしたのか。 

 コルラードはピタリと足を止めた。キツく眉根をよせる。

 腹痛でも起こしたのか。

 ダンテは顔をのぞきこんだ。


「なんで僕に聞くんだ」


 コルラードは低く声音を落とした。

「いや……きみのお母上だろう」

 言いながら腹部に手をそえてあげようとしたが、コルラードはその手を避けるようにまた早足で歩きはじめた。

「父に聞いたらいいでしょう。これから会いに行くんですから」

 コルラードが、行く手を軽くさえぎった庭木の枝をイライラと手で払う。

「聞けるわけがないだろう」

 ダンテは早足であとを追った。

 コルラードの腹部のあたりを覗き見る。具合は大丈夫なのだろうかと心配になる。


「僕によく聞けるな」

「お母上の話を子息に聞いて何がおかしいんだ」


 恋愛感情はもうない人とはいえ、かつてはあこがれて口説き落とそうとした人だ。

 すずしげに微笑するうつくしい姿を思い出すと、やはりいまでも心の琴線に触れる。

「その……しあわせだったのかな」

 目元がほころんだのが自分で分かった。


 自身が、彼女をしあわせにできはしなかっただろう。


 最期までいっしょに暮らしていたはずのコルラードの口からしあわせだったと聞けば、思い出として分目(けじめ)がつけられると思った。


 コルラードが立ち止まりこちらを向く。

 ダンテの両肩をガシッと強くつかむと、背伸びして顔を近づけた。



「あなたといるよりは、なん千倍も、しあわせだったんじゃないですか!!!」



 コルラードが、目の焦点が合わなくなるほど顔を近づけて怒鳴(どな)りつける。

「私は彼女にふられたんだ。何倍もとかそもそもくらべる対象ではないだろう」

 コルラードが小さく舌打ちした。

 ふり払うようにして肩から手を離すと、また早足で小道を歩きはじめる。

 さきほどから何を怒っているんだとダンテは小柄な背中を見つめた。

 いったい、どうしたら機嫌を直してくれるのか。



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