LA CAMPANA DELLA CHIESA SUONA 教会の鐘が鳴る I
霊廟の敷地をぬけて教会の庭に出ると、急に視界が開けあかるくなった気がした。
しずかでさみしい佇まいから、一転して庭木の生い茂るみずみずしい景色に変わる。
ダンテは手をかざした。
空はまだうっすらと曇っていたが、雨は止んでいる。
腕を組んだ姿勢で、コルラードが待っていた。
二人でゾルジ家の当主に会いにきたが、来客中とのことだったので待っているあいだここに案内してもらった。
「教会のなかにいればよかったのに」
ダンテは苦笑いした。
「濡れていないか?」
コルラードの銀髪に軽くふれる。少ししめっていた。
抱きしめて温めてやりたくなったが、教会の敷地内ではさすがにはばかられるだろうか。
何よりこの子がいやがりそうだ。
「満足ですか?」
コルラードが、怒ったような口調で尋ねる。
何か気にさわることをしただろうかとダンテは眉をよせた。
「それは……まあ。気になっていたし」
そう答えると、コルラードは唇を尖らせてそっぽを向いた。
「何か……気にさわったか」
ダンテは問うた。
「べつに」
コルラードはそう答えると、早足で歩きはじめた。
むこうの石づくりの門のまえに、コルラードがつないだ馬の姿が見える。
ここまでゾルジ家の馬で馬車を先導し、案内してくれた。
馬車に同乗して案内してもいいだろうと言ったが、なぜかイヤだと言われた。
リュドミラの墓に行きたいと言ったときから、コルラードは機嫌を悪くしていた。
何がそんなに気にさわっているのか。
ダンテは霊廟のほうをふり向いた。心当たりのあるようなものは見あたらない。
小走りでコルラードに追いつき、横にならんで表情を伺う。
石だたみのほそい小道に差しかかった。
聖人像が立つ噴水が小道のさきにある。
「座らないか?」
ダンテは話しかけた。
「けっこうです。さきに帰ります」
コルラードは歩く速度をはやめた。
「一人で座って、ゆっくり母の思い出にひたってから来たらいい」
「いや……きみとしゃべりたいんだが」
ダンテは庭内を見回した。うっすらと陽が射してきた。
そういえば、コルラードと庭で語り合ったことはまだない。
木々にかこまれて気分がよさそうな気がした。
空でも見上げながらのんびりと話してみたい。
コルラードが一瞬だけ足を止める。
こちらをチラリと見たが、すぐにまた早足で歩きだす。
「コルラード」
ダンテはあとを追った。
腰かけようとした場が噴水の縁というのが気に入らなかったのだろうか。たしかにまだ少々しめっているが。
ほかに承知してもらえそうな場所はあるだろうかと周囲を見回す。
「満足したならよかったではないですか。こんどからは僕が気づかないよう、一人でこっそり来てください」
コルラードがひどく不機嫌な口調で言う。
「何でだ」
ダンテはそう返した。浮気相手にでも会いに行くような話に聞こえる。
コルラードがスタスタと石だたみの小道を歩いていく。
門のほうに向かっているのか。
ほんとうに一人でさっさと帰ってしまう気なのか。
ダンテは木々のあいだから覗き見えてきた教会の尖塔型の屋根を見た。
これまでゾルジ家の屋敷くらいしか立ちよったことのない街だが、かざり気がなくいい街だ。
コルラードに案内されてここまでくるあいだ、古風な雰囲気が残る街の風景に見入っていた。
「きみと……ここに住むのも悪くないな。いつになるか分からないが」
ダンテはしあわせな想像にひたった。
コルラードが小道のだいぶさきへと行く。
聞こえていなかったか。
雲がさきほどよりもうすれ、陽光が遠くの空にまっすぐに射しこんでいた。
庭木の葉についた雨粒がチラチラと光る。
すっかり止んだな、とダンテは空を見上げた。
前方をスタスタと行くコルラードの背中を追う。
雨など気にしない質なんだろうか。
そういえば以前、雨のなかを馬で駆けて訪ねてくれたときがあった。
ふりしきる雨のなかでの見事な手綱さばきに魅入ったのを思い出す。
ここに来るときも馬で馬車を先導してくれたが。
格好よかった。
ダンテは口を手で押さえた。
気がつくとだいぶさきのほうへと行かれ、駆け足でコルラードを追う。
「コルラード」
「何ですか」
コルラードは、あいかわらず怒ったような口調だった。
「庭で話すのがイヤなら、どこかで食事でも」
ダンテは教会の周囲に見える街なみを見回した。
教会にくる途中、食事のできそうなところを何件か見かけた。
コルラードの行きつけの店などは、そのなかにあったのだろうか。
そこに連れて行けば、思い出話なんかも聞かせてくれるだろうか。
まだ逢うまえのコルラードの生活を垣間見ることができるかもしれない。
ダンテはソワソワと返事を待った。
「きみの知っている店があれば……」
「けっこうです」
コルラードがふり返りもせずに答える。




