TENPO INSIGNIFICANTE 他愛のない時間 V
ダンテは小柄な背中を見つめた。
やわらかくてほんのり温かそうだと、つい関係のないことを考えてしまう。
「察しが……悪かったか」
「いいと思っているのか」
ダンテは無言で眉をよせた。ベッドの足元にある不恰好なぬいぐるみに目線を移す。
さきほどからコルラードが不機嫌そうに言っていることをまとめると、好きだと言っていることになってしまうと思うのだが。
意味をとり違えているのだろうかと額を指で押さえる。
「寝ないんですか」
コルラードが背中を向けたまま問う。
「ああ……」
とり違えているかどうかを問いたかったが、また怒らせてしまうだろうか。
むずかしい子だなと思いつつ、横になり掛布をかける。
コルラードの背中に肩が触れる感じであおむけになり、ダンテは天蓋を見上げた。
「おやすみ」
天蓋にほどこされた幾何学模様を何となくながめる。
コルラードを養子にむかえたとき、執務の合間をぬって部屋の家具や調度品をえらんだ。
絨毯は残念ながらかえることになってしまったが、あらためてコルラードと選んだものにかえてもいい。
いっしょに選んでくれるだろうか。
「コルラード」
「寝るんじゃなかったんですか」
間を置かずコルラードが言う。
「……いや」
それもそうだ。
コルラードといっしょに絨毯をえらぶ光景を想像したら、えらくしあわせな気分になってしまった。
一瞬まえに言ったことをすっかり忘れた。
「ごめん。ちょっと絨毯を」
また不機嫌にさせるか。ダンテは口ごもった。
「……いや、ごめん。おやすみ」
あらためて掛布を肩にかける。
ごそりと衣ずれの音がして、コルラードがこちらを向いた。
間近で大きな目をじっと合わせてくる。
手をついて上体を起こすと、ダンテにおおいかぶさるようにして顔を近づけてきた。
焦点が合わなくなるほど顔を近づけられて、ダンテはとまどった。
「コルラード」
最近、こういったいきなりな行動が多いなと思う。
何を思っての行動なのか。
コルラードはゆっくりと顔を近づけると、口づけてきた。
唇を強く押しつけ、顔をななめにしてさらに押しつける。
やけに速い心音が聞こえた。
コルラードの心音だろうか。
情交のとき胸元に口づけても、こんなに速くなっていたことはない。
どうしたんだと思う。
ほんのり高めの体温が夜着を通して伝わり、抱きしめたい衝動に駆られる。
抱きしめても、いいのだろうか。
コルラードの脇のあたりに手をのばしては止め、また手をのばしては止める。
コルラードに想いが通じたと思いこんで舞い上がり、勘違いだったと知って沈んだことが以前あった。
これは、想いが通じた接吻と思っていいのだろうか。
コルラードが、小柄な体を密着させる。
ダンテの顔を両手でがっちりとつかみ押さえこんで、唇の上で小さく息を吐く。
「コルラード」と呼びかけるのもゆるさず、ふたたびやわらかな唇を強く押しつけてくる。
手慣れてはいないが、懸命な接吻だ。
「待て……」
ダンテは唇を強引に離して息を吐いた。
どういうつもりなのかを聞きたい。
こんなことをされては、合意も得ずに体の下に組み敷いてしまいそうだ。
「待て……コルラード」
コルラードが離した唇を唇で追ってくる。ダンテの言葉をさえぎり、ふたたび口づけた。
コルラードのミルクに似た甘い肌の香り。
ダンテの黒い髪をつかみ、コルラードは自身の顔にグッと引きよせた。
コルラードの脇に手を這わせる。
コルラードはとくに拒否はしなかった。
両手でコルラードを抱きしめ、銀髪と未成熟な背中をはげしくかき抱く。
身体の上で唇を追い荒い息を吐くコルラードと、衣ずれの音をさせてひたすらに絡みあう。
「コルラード」
一瞬だけ唇を離された隙にダンテは声を発した。
「私から離れないでく……」
コルラードが、またもダンテの言葉をさえぎり唇をむさぼる。
これは、好意と受けとっていいのか。
こんどこそ想いが通じた接吻だと思っていいのか。
コルラードがシーツに手をつき、じっとダンテの顔を見下ろす。
ダンテの夜着の裾から手をさしこみ、傷跡のあるあたりをさぐりだした。
脇腹を、ススッとほそい指が動く。
ダンテは困惑しながらコルラードの様子を伺っていた。
くすぐったいようなゾクッとくるような、苦笑してつい身体を縮める。
「あの……コルラード?」
コルラードが、真剣な表情でダンテの反応を見ている。
「ちょっと……変な声が出そうなんだが」
コルラードが、ゆっくりとダンテの下半身に手を移す。
「いや……ちょっ、コルラード?!」
ダンテはあわててコルラードの肩をつかんだ。
かなり嬉しいが、これではこのまま寝ることができなくなってしまう。
何をしているのだこの子は。
「あの……コルラード?」
ダンテは顔をゆがめた。
無表情でじっと反応を見ているコルラードが、妙に怖い。
「考えてみれば、何で僕がされる側って決まっているんだ」
コルラードが真剣な表情で言う。
「たまには僕がする側でもいいのでは」
「は?」
まさかと思いいたりダンテは顔を引きつらせた。
いい大人の自分が、小柄でかわいらしいコルラードに愛撫されみっともなく悶える様子を想像してしまい、頭のなかが拒否反応を起こす。
「そっ、それはムリ」
「僕にはされる側を強いておいて、逆は拒否するのか」
コルラードが、ダンテの身体の上にのしかかる。
いきおいのついたのしかかり方だったので、思わずダンテは「ぐっ」と声を上げた。
かわいらしい顔が逆光になり、少々怖いと思った。
ときどき忘れるが、そういえば男の子だった。
たまには情交の主導権をにぎってみたくなるのも分からなくはないが。
コルラードが、ダンテの夜着の裾を雑にまくる。
「いやちょっと待て、コルラード」
ダンテはなおも顔を引きつらせた。
「格好がつかないからやめてくれ!」
「僕には毎回させていることじゃないですか」
抵抗するダンテの手を、コルラードががっちりとつかむ。
「きみはかわいいからいいんだ!」
ダンテは押さえられた手をふりきり、両手でコルラードの肩と二の腕をつかんだ。
そのまま我慢できず、コルラードを両腕で抱きしめる。
抱きしめているので表情は見えないが、不満そうな目で睨まれているような気配を感じた。
「きみはかわいいからいいんだ」
ダンテは言った。こうして懸命に男性アピールをするところすらかわいくてしかたがない。
こうして何につけ湧いてくる、身悶えするほどかわいらしく思う感情はいったいどこからくるのか。
コルラードはしばらく黙っていたが、ややしてから不満そうな声でつぶやいた。
「……そのうち背がのびたら、ぜったいにしてやる」
「背が伸びるころまでいっしょにいてくれるのか」
ダンテは苦笑した。
「そのさきもいっしょにいてくれ」
コルラードは強引にダンテの腕をふりほどき、手をついて上体を起こした。
ダンテの黒髪をガシッと両手でつかむ。
「さきほどから言ってるじゃないか!」
そう声を上げ、ダンテの顔をゆすった。
「バカ!」
きょう何回目のバカだ。
数えておけばよかったなどとダンテは考えてしまった。
大きな目で見下ろすコルラードの顔をじっと見つめる。
この子はいっしょにいるといつも怒ったような表情をしているなと思った。
この子の部屋で同衾するようになってから、雑談は以前の何倍もするようになったが。
まだいちども笑いかけてもらっていない。




