TENPO INSIGNIFICANTE 他愛のない時間 IV
コルラードにとってやはり自分はどこまでも騙した卑怯な男で、頼れるのはあのウベルトという男なのだろうか。
ダンテは、かつて拳銃をつきつけた飄々とした雰囲気の男を思い浮かべた。
いっそ立場を入れかえてほしい。
困った状況に追いこまれたコルラードを、なだめて安心させて助けてやるのは自分でありたかった。
「一生、言い続けてやる」
コルラードがぽそりと言う。
そこまで嫌われているのか。ダンテは顔をゆがめた。
一生か、と心のなかで復唱する。
一生この子が、目の前で怒って詰るのか。
残りの人生ずっとか。
ふいに言葉の違和感に気づく。
具体的にどういうことだ。残りの人生ずっと目の前にいるのだろうか。
「コルラード」
ゆっくりと寝返りをうつと、コルラードがこちらを向いていた。
鼻先でいきなり目が合う。
いつから見ていたのか。
「いや……」
ダンテは手をついて上体を起こした。
まえかがみの姿勢で座り、ため息をつく。
「一生言い続けるとか、キツいなきみは」
ダンテは苦笑した。
「これで分からないようなら、もう言わない」
コルラードが睨むように見る。
「何を?」
聞き返したダンテの顔を、コルラードはじっと見ていた。
ややしてから唇を尖らせる。
「もういい」
そう言うと、顔をそらした。
「なぞなぞか何かだったのか? 解説してくれ」
コルラードはあおむけに寝ていたが、しばらくしてからまた背中を向けた。
「うるさいバカ。もういい」
そう吐き捨てて、ふたたび掛布に顔を埋めてしまう。
どうにもきょうはバカバカと言われる日だなとダンテは眉根をよせた。
「何で僕のほうからそんなことを言わなければならないんだ」
コルラードがつぶやく。
「どんなことを」と聞いたら、また怒るのだろうか。
ダンテは、コルラードの背中を見つめた。
なぜこの子は、ちょくちょく意味のつかめない受け答えをしては拗ねるのか。
なるべく話を合わせてあげようとは思っているが、しょっちゅうこれで脱線する。
理論的に話せない子ではないと思うのだが、二人きりの会話にかぎってこれだ。
「コルラード」
ダンテは背中に向けて呼びかけた。
手燭のロウソクがだいぶ短くなっているのに気づく。
そろそろ消したほうがいいかと思うが、そもそもコルラードはまだ眠るつもりはないのだろうか。
「その……不満があるなら言ってくれ」
ダンテは言った。
何か言いたいことを口にできずにいるから、わけの分からない物言いになっているのか。
本音の言えないような態度で接したつもりはないが、実家の経済援助のことを考えたら遠慮するということもあるのか。
コルラードの本音のつかめなさとつれない態度で、以前は恋心が狂ったように暴走した。
だがここで同じことを繰り返しては、ますます拗れるだけだ。
「……どこが嫌いなのか、はっきり言ってくれ」
恋心をえぐるようなキツい言葉が返ってくるのを覚悟した。
リュドミラにふられたときの何倍ほど傷つくことになるのか。
ダンテは三角座りになり、膝の上に顔を伏せた。
いざ何か主張するとなったら、オブラートに包んで言ってくれる子ではない。
言い争いをしたときのことを思い出せば分かる。
コルラードはしばらく黙っていた。
いつまでも動きのない様子に、ダンテは根負けして顔を上げる。
「コルラード」
小さな声で呼んでみたが、返事はない。
「……コルラード」
もういちど呼んでみる。コルラードは衣ずれの音すらさせない。
「……寝たのか?」
小さな子供でもあるまいし、会話の最中に眠ったりするものなのだろうか。
「寝たのなら……まあ」
ダンテは三角座りのままそう声をかけた。
キツい言葉は後日に保留か。
ホッとしたような、絶望をさき伸ばしにされただけのような。
「コルラード」
ダンテは目を伏せた。
いま話せば、もしかしたら夢のなかにいる素のコルラードに届くだろうか。
「きみにはいろいろと酷いことをしてしまったが……どうしようもなく恋しいのだけは理解してほしい」
すうっと呼吸の音が聞こえる。
「理解するだけでいいから」
コルラードはなおも動かない。
やはり寝てしまったのか。
軟禁を解かれてから、毎日熱心に乗馬をしているようだ。
疲れているのかもしれない。
この子らしい健康的な疲れだと思うと、ますます微笑ましくてかわいい。
ダンテは膝に顔を埋めた。
いまならコルラードの反応にビクビクせず、安心して言いたいことを吐露できる。
「きみがもし私を好きだと言ってくれたら、死んでもいいくらい嬉しいが」
「ではいますぐ死ね」
コルラードがふいに声を発する。
「……起きていたのか」
ダンテは心臓のあたりをおさえた。
唐突すぎだ。おどろいて心音が速くなる。
「おどろかせないでくれ」
ダンテは苦笑した。
「それで、何」
あらためて話しかけたが、コルラードは黙って背中を向けていた。ややしてからガバッと起き上がり、まくらをつかむ。
羽毛が飛び出しそうないきおいで、コルラードはダンテにまくらを叩きつけた。
ダンテはとっさに腕で防御したが、それでもまくらの端が頬にあたる。
「……何だ、いきなり」
「嫌いなのは、バカみたいに察しが悪いところだ」
コルラードがまくらをもとのところに起き、荒っぽいしぐさで頭を乗せる。ふたたび背中を向けてしまった。




