VOGLIO INSEGNARTI A BACIARE キスのしかたを教えたい
「知っていましたよ」
兵営の面会所。
呼びだされたコルラードは、相変わらず椅子には座らず立っていた。
顔を逸らして、こちらをなるべく見ないようにしているようだ。
「きみの潔癖症の原因はそのあたりか」
ダンテは壁に背をあずけて腕を組み、同じく立っていた。
このあいだと同様、コルラードは椅子をすすめても応じなかった。
君がそれならと同じように席を立った。
もしここに入室してくる者がいたら、どんな状況かと困惑すると思う。
「とくに潔癖症というほどではありません。汚らわしいものを汚らわしいと受けとっているだけで」
「私はべつに何とも思わない」
ダンテは答えた。
「あなたの感覚がおかしいんです」
「父がその時期まで関係を続けていてくれなかったら、私は彼女を意識することはなかった」
「僕にはまったく関係ありません」
「いや関係……」
そう言いかけ、ないな、とダンテは思い直した。
「まあ、親同士の話などどうでもよいだろう。私たちは私たちで仲良くしないか」
ダンテは笑いかけた。
「どんな理由で」
「いや……」
ダンテは所在なく鼻のあたりをかいた。
会っていないときにどうしているのかが気になるのだ。何となくだが。
「あなたは僕の顔をながめていれば母といる気にでもなれて気分がいいんでしょうが、僕には何のメリットもない」
「辛辣だな」
ダンテは眉をよせた。
「そもそも愛人がどうのという話は父の話であって、私には関係ないんだが」
「僕が不愉快です」
コルラードが答える。
「というか、ここにたびたび来るのはやめていただけませんか」
「ではどこで会ったらいい」
「会いたくありません」
コルラードがきっぱりと言い切る。
「私がきみに何かしたか?」
ダンテはそう問うた。
声がかすかにイラついていることに自身で気づく。
「なにもしてはいませんよ。むしろ以前まで経済援助してくださっていた御家の方ですから感謝しています」
感謝しているの言い方がそっけない。
「今後も援助してもいい」
「そんな話はしていません」
ダンテはコルラードのほうに歩みよると、正面から顔を覗きこんだ。
「……いつも、目をそらして話すんだな」
相手は十五歳の少年だ。
いちど意地を張ったら、たぶん落としどころというものを知らない。
こちらが譲歩してやらなければ、こじれるだけだと思う。
何とかなだめすかそうと思ったが、つい凄むような体勢になってしまった。
「身長差があるのでそらしているように見えるんでしょう」
コルラードが、こんどはあからさまにそっぽを向く。
「では、座って話そう」
ダンテは椅子を指した。
「けっこうです。すぐに退室します」
「こちらを見てくれないか」
ダンテは、小ぶりの顔を両手でつつむようにしてとらえた。
唐突の無礼なふるまいに、コルラードが呆気にとられた顔をする。
「こちらを」
上向かせて、はじめて正面からまっすぐに見る。
ほんとうにリュドミラによく似ている。
リュドミラの少女のころかというような面持ちだ。
彼女がこのくらいのときに出会っていたら、会話くらいはしてもらえただろうか。
父より先に出逢っていたら、少しくらいこちらを向いてくれただろうか。
もし彼女がこのくらいのときに、想いを伝えられていたら。
にわかに頭のなかが麻痺した。
はたと正気に戻ったときには、コルラードの唇を食んでいた。
何をしているんだと頭の片隅で思ったが、唇がつぎの感触を求めて初な唇を食み直す。
コルラードは、こちらの頭部に手をのばして引きはがそうとしたようだった。
そのコルラードの手首をつかむ。
意外な細さにおどろいて、うすく目を開けた。
両手首をぎっちりとつかむと、コルラードが大きく肩をゆらしてもがく。
舌を入れてみる。意味が分からないのか、むかえてくれる舌はない。
教えてあげたくなった。
リュドミラもこんなことをいっさい知らないころがあったのだ。
自分が男として教えてあげたかった。
あいさつではない深いキスがあるのだと。
不慣れな舌を誘った。こうするのだと示す。
コルラードが、非難するようなくぐもった呻きをもらす。
うす目で見ると、きつく顔をしかめていた。