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【完結】呪縛 〜心を呪縛された男と、体を呪縛された少年の狂恋譚〜 〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
33.他愛のない時間

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TENPO INSIGNIFICANTE 他愛のない時間 III


「……コルラード」

「べつに赤面しているわけじゃありません」


 コルラードが即答する。

「……そうなのか」

 ダンテはきれいな銀髪を見つめた。

 赤面しているのかと思った。では何なのだ。

「体調は大丈夫なのか?」

 ダンテはそっと顔を覗きこんだ。

「大丈夫だと言っているじゃないですか」

「そうか」

 ダンテはしばらくのあいだコルラードの背中を見ていた。

 コルラードは寝息を立てはじめるわけでもなく、心なし息をつめているように感じられる。

「コルラード」

 ダンテはふたたび呼びかけた。

「ここで寝てもいいか?」

 コルラードは黙っていた。いいということなのか。

 ダンテはゆっくりと掛布をめくった。

 コルラードのかたわらにすべりこみ、小さな背中に肩を密着させる。


「……べつにかまいませんが」


 すっかり同衾(どうきん)の体勢になってからコルラードが小声で答える。

「もう寝ているが」

 ダンテは答えた。

 コルラードが少しのあいだ黙りこむ。

「……どうせ、いつもここで寝ているではないですか」

「そうだな」

 ダンテは軽く眉をよせた。

 夜着を通してコルラードの体温がほんのりと伝わる。

 肌に口づけたときにうっすらと匂う、ミルクのような香りが脳裏によみがえってしまう。

 きょうも肌を重ねるのを期待していたが、部屋に来た時間も遅かった。まあムリには言わないかと思う。


 コルラードとは、ずっとのんびりとした日常を過ごすことができずにいた。


 そういったつき合い方を望んでいたが、何だかんだと激しく揉めてしまった。

 ただ二人で他愛(たあい)のないことをしゃべり、ただよりそって寝る時間をすごしてみたかった。


 これからは、そんな時間を増やせるだろうか。


 ダンテは横目でコルラードの背中を見た。

 あいかわらず息をつめているように思えるが、気のせいだろうか。

 きょうは腕のつけ根に頭をのせて寝てはくれないのか。そんなことを考える。

 あのほどよい重さを感じるのが(たま)らなくしあわせなのだが。



「別に」



 ふいにコルラードがつぶやいた。続けて何か言うのかと思ったが、それきり黙ったままだ。

 ダンテはゆっくりと上体を起こし、コルラードの顔を覗き見た。

「何だ?」

「……本音を言っていないみたいではないですか」

 コルラードがポソリと言う。

 ダンテは軽く眉をよせた。


 何か本音を言っていたか。


 どこで本音など言っていたのだ。

 天蓋(てんがい)をながめる。掛布のなかで何となくソワソワと両脚を動かした。

 ちらりとコルラードのほうを見る。

 コルラードは何の反応もせず、背中を向けていた。


 ここでいきなりふり向いて、熱烈なおねだりしてくれるという展開を妄想してしまったが。

 そんなわけはないか。

 ダンテは寝返りを打った。

「うるさい。寝られない」

 コルラードが不機嫌な声を上げる。

「いや……」

 ダンテは決まり悪くつぶやいた。

 コルラードに背中を向ける。 

 少し高めの体温が、夜着を通して伝わるのがどうにも悩ましい。

 きょうはもう遅い。寝かせてあげたいと思うのだが。

「……気にしないで寝てくれ」

 ダンテは言った。

 コルラードが、少し肩のあたりを動かしたようだ。

 衣ずれの音がする。

 自身の肩に、掛布をかけ直したようだ。


 サイドテーブルに置いた手燭(てしょく)のロウソクの(しん)が焦げる音がする。


 コルラードが、しずかに吐息の音をさせる。

 眠ったのだろうか。横目でそちらを見る。

 しばらく伺っていたがコルラードは動く様子はなかった。

 寝たのを確認しようと、ダンテはわずに首を動かした。 


「あの」


 ふいにコルラードが言う。

 ダンテはあわてて動きを止めた。

「お、起きていたのか」

 確認ついでに、こっそり寝顔を見ようと思っていたのだが。

「情交を我慢して寝るなんてことあるんですか?」

 コルラードが問う。

 とつぜん何を聞くんだとダンテは顔をしかめた。

「いや……遅いし寝たいだろうと」

 ダンテはチラチラと横目でコルラードの背中を伺った。

 「そんなことない、抱いてほしい」などと言ってくれたら、即座に対応するんだが。


 いや遠方の出先に来てくれたときの感じからすると「服を脱いでこっちに来い」か。


 あのときは見かけによらず勇ましい誘い方と、かわいらしさのギャップがいつにも増して堪らなかったのだが。

 思い出したら我慢できなくなるではないかと、ダンテは掛布のなかで身体を丸めた。

「騙して性交を承諾させたクセにいまさら気を使うのか」

 コルラードが吐き捨てる。

 ダンテは「うっ」とうめいた。


 思い出すたび、なぜあんなことをしてしまったのか分からない。


 ともかくコルラードを手に入れることしか頭にない状態だった。

 手に入れたのちの幸せだけがほしくて、(もが)きのたうち回っていた。



 この子の気持ちなど判断できない状態におちいっていたのだ。



「それはもう……言わないでくれるか」

 掛布を顔の下半分まで引き上げ、ダンテはさらに身体を丸めた。

「あやまるから」

 ダンテはそう言った。

 よく考えたら、いまおたがいに背中を向けて寝ているのか。

 最近はやっと抱き合って寝られるようになったと思っていたのに、関係が逆戻りしてしまった気がする。





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