TENPO INSIGNIFICANTE 他愛のない時間 II
「……待ってはいませんでしたが、いてもいいです」
コルラードが怒っているような調子で言う。
ダンテはとりあえずはホッとして、おなじ掛布にすべりこんだ。
横になったが、コルラードは三角座りのままだった。
「あの」
コルラードが膝の上で頬杖をつく。そのまま目をそらした。
ダンテは小ぶりの顔を見上げた。
コルラードはしばらく唇を開いたり閉じたりしていた。
何か言いにくいことでもあるのか。
「……なんでもないです」
コルラードが、かなり間を置いてから言う。
「いや……私に不満があるなら言ってくれ」
ダンテは上体を起こした。何をそこまで躊躇する話があるのか。
ウベルトとやらとやはり関係していたという告白だろうか。
それともオルフェオか。
あるいは好きな女の子でもできたか。外出中に声をかけてきたどこぞの男が気になるとかか。
はたまた執事あたりが焼菓子で釣ってずっと口説いていたので、心が動いたのだとか。
どれもありそうな気がしてきた。
「コルラード」
ダンテはシーツに手をついて座り直した。コルラードに向き直る。
「だれがきみを口説こうが、私がいちばんきみを愛しているつもりだ」
「意味が分かりません」
コルラードがそっけなく返す。
「そういうことではないです」
では何だと思いながら、ダンテはかわいらしい横顔をじっと見た。
言いたいことが気になるが、それとはべつに横顔を見ているだけで抱きしめて髪をなでたくなる。
「……養子の件か?」
「それはもう、どうでもいいというか」
コルラードがポソリと言う。
あれだけ解消しろ解消しろと言っていたのに、もうどうでもいいのか。
ほんとうに分からない子だとダンテは眉をよせた。
「そもそも、そんなものなくても」
コルラードがうつむく。
「あなたから離れたりしな……」
「何かしらつながりがなければ、いっしょにいる口実が作れないような気がして」
ダンテは苦笑した。
いまでも不安なのだ。
養父と養子としてでもつながりを作っておかなければ、即座にこの子に去られてしまうのではないかと。
ややしてから、コルラードの言葉をさえぎってしまっていたことに気づいた。
「ごめん」
あわててコルラードの横顔を覗きこむ。
「何て」
コルラードが無言で唇を尖らせる。
何か大事なことを言っていたのだろうか。機嫌を損ねてしまったか。
「ごめん。もういちど」
「うるさい。二度と言わない」
そう言うとコルラードは掛布を自身のほうに引っ張り、雑な動きで横になってしまった。
「コルラード」
背中を向けてしまったコルラードにおおいかぶさるようにしてダンテは顔を覗きこんだ。
コルラードが無言で掛布に顔を埋める。
「コルラード」
ダンテは、掛布から覗く銀髪を見つめた。
コルラードにどう思われているのか、ほんとうに知りたかった。
遠方の出先にきたときのあの言動は、好意と受けとっていいのだろうか。
けっきょく来た理由を話してはくれなかったのだが。
最近は、こうして噛み合わない会話をしては聞き返すと拗ねてしまう。
「……なでていいか?」
ダンテはそう尋ねた。
また触るなと言われたらどうしようかと思ったが、返事はない。
そっと髪にふれてみる。コルラードは何も言わない。
「コルラード」
ダンテはゆっくりとかがんでコルラードの髪に口づけた。
「頼むから」
唇で髪をなで、銀髪に鼻先を埋める。
「私から一生離れないでくれ」
コルラードは背中を向けたまま黙っていた。しばらくしてから掛布にさらに顔を埋める。
「言っているのに」
「コルラード?」
何を言ったのか聞きとれず、ダンテは顔をかたむけて聞き返した。
「うるさい。もう寝る」
ダンテをふり払うように肩を動かすと、コルラードは掛布にさらに顔を埋めてしまった。
「……ああ」
ダンテはそうと返事をして上体を起こした。
また不機嫌になることをしてしまったか。
むずかしい子だと思う。それとも自分が何か察しが悪いのか。
せめていまの告白への答えがほしかったが。
コルラードの髪をもういちどなでる。
いい加減にしろと怒るかと思ったが、コルラードはとくに咎めはしなかった。
指先が、スッとコルラードの耳にふれる。
ずいぶんと熱いように感じられた。
熱でもあるのか。
コルラードの耳を指先で軽くにぎる。
手燭のあかりのもとなので定かではないが、赤らんでいる気がする。
ダンテは、焦ってコルラードの頬や額のあちらこちらに手をあてた。
「コルラード!」
「なにをしてるんですか!」
コルラードがダンテの手をふり払い、掛布を退けて上体をおこす。
「あちらこちらと」
「いや……熱でもあるのかと」
コルラードが不可解そうな表情をする。
ダンテはサイドテーブルに置いた手燭を手にとった。
「よく見せて」
コルラードの頬に手をあて上向かせる。
顔色をよく見ようとした。上向かせるあいだにも赤みが増した気がする。
「やはり赤くないか?」
コルラードは無言で眉をよせた。手燭をゆっくりと手で退かす。
「体調が悪いなら……」
「わざとやってるんですか! バカか!」
コルラードが声を上げる。
「我慢なんかするものじゃない」
「熱じゃない! バカ!」
コルラードがそう声を張り上げる。
何か遠慮でもしているのかとダンテは思った。
「オルフェオはまだ起きているかな」
襟元を直しながら出入口のほうを見る。
「薬湯でも作らせようか」
「……あなたがけっこうバカだとよく分かった」
コルラードが眉根をきつくよせる。
「あの従者の茶化しのもとになるようなことに僕を巻きこまないでください」
そう言うと、ふたたび横になる。
「コルラード」
ダンテは、おおいかぶさるようにして顔を覗きこんだ。コルラードの額に手をあてる。
額はそれほど熱くはないかもしれない。
手の甲で頬をさわる。
いちばん熱いのは頬か。
ダンテは無言でコルラードの銀髪を見下ろした。




