PER FAVORE, MANTIENILO RISERVATO くれぐれもご内密に IV
さきほどまで見えていた太陽は雲にかくれ、室内はうす暗くなりかけていた。
「あの従者、ウベルトを雇ったんですか」
ステラが読書机の燭台にあかりをともした。
あいかわらず男性にしか見えない長身と低い声。
ウベルトは先日もこの人物の性別について話題にしてはいなかった。
やはり思いきって聞けばよかったかとコルラードは思う。
軟禁を解かれてからのち、ダンテの養子になった日に案内された部屋をひきつづき私室として使っていた。
あのときダンテの血がしたたった絨毯はすでにとりかえられ、血痕がついたであろう壁やドアはきれいに拭きとられていた。
ダンテとはじめて関係した夜に、逃げこんで一人で泣いていたベッドは、いまではダンテといっしょに寝ることがある。
「ウベルトを手の者として使うそうだ」
コルラードはともされたあかりをながめた。
「じゃあ、今後はウベルトと対立するときもあったりするのかな」
ステラがそう口にする。
ジリジリとロウソクの芯の焦げる音がした。
部屋が暗くなるにつれて、ステラの顔を染めるオレンジ色が濃くなる。
「なるべくそうならないようにしますが。ウベルトは嫌いではないので」
ステラが妖しげに微笑する。
「いい男だからね」
ゆっくりとコルラードのほうを向く。
「そう思いませんか?」
「知らん」
コルラードはそうと答えた。
「坊っちゃん、どんなのがいい男かなんて考えたことないでしょ」
「ない」
コルラードは素っ気なく返した。自身がいい男になりたいという意識はあったが、それもあまり考えたことはない。
「ご当主は?」
「あれはいい男のうちに入るのか?」
コルラードはそう尋ねた。
他意はない。他人からみてダンテがどう評価される男なのか興味がある。
自身としては、恋ごときですぐに周囲が見えなくなるおとな気のない男だと思う。
こちらの出方ひとつで立場もわすれて頭に血がのぼるなど、まるで子供だ。
顔と麝香の香りと、ほどよく締まった腰は嫌いではないが。
「いつから心変わりしちゃたんです」
ステラが問う。
「べつに心変わりしたつもりはない」
「そうなんですか」
納得したのかしないのか。
ステラはあかりをともし終えると、それ以上はとくに質問せずロウソクを手燭に立てた。
ふり向いて窓のほうを見る。太陽はわずかだがまだ城壁から覗いている。
「カーテンもですね」
ステラはそう言い、ワンピースのスカートを片手でからげた。
コツコツと靴音を立てて窓ぎわに行くと、カーテンを閉めはじめる。
「ステラ」
コルラードは声をかけた。
「おまえにも手数をかけた」
「けっきょく何もしてませんが」
ステラがフリルの縫いつけられた肩をすくめて笑う。
「ステラというのか」
色気のある男性の声が割って入った。
開け放された出入口の縦枠に、軽くよりかかるようにして立つ者がいる。
オルフェオだった。
ステラが、オルフェオに背を向けた格好で動作を止める。
固まったように微動だにしないところをみると、かなりまずいのか。
「父に伝えろ。家にもどる気はないと」
それだけを言うと、オルフェオは靴音をさせ去っていった。
ステラが靴音の遠ざかる方向にゆっくりと顔を向ける。ややしてからコルラードのそばに戻った。
「バレてたか……ほんとうに手強いな」
「従者をさぐっていたのか」
「富豪の家の婚外子ですよ。お父上がぜひ跡を継いでほしいといってるのに、無視してるとかで」
ステラが、いまだ動揺の抜けないとみえる表情で答える。
「まずは、ここのご当主との関係性が知りたいと」
オルフェオの去って行った方向をじっとながめ、ステラがしばらくしてから豪快に笑いだす。
コルラードはおどろいて目を丸くした。
「いっそ、肉体関係みたいですよぉとか報告しましょうか」
「そんなウソの報告など。話がややこしくなりはしないのか」
コルラードは戸惑って眉をよせた。
「ややこしくなるでしょうねえ。お父上がえらいご執心みたいなので」
ステラがひとしきり笑ってから不敵に口の端を上げる。
「見破られた腹いせですよ」




