PER FAVORE, MANTIENILO RISERVATO くれぐれもご内密に III
城壁内。労働者や職人の多く住むあたりに近い酒場。
以前ウベルトと連絡をとり合っていた酒場だ。
酒場の奥。
コルラードは、ウベルトをともないテーブルに座った。
客はいくらかはいるものの、いちばん多い時間帯ほどではない。
十以上のテーブルのあるひろい店内に、二階の宿泊室に続く階段。
ウベルトは運ばれてきたチーズを一切れつまむと、はなれた位置にあるテーブルを見た。
壁ぎわの席に、オルフェオが一人で座っている。
こちらには目線をよこさず麦酒を口にしている。
「あの従者の旦那連れですか」
ウベルトが複雑な表情をする。
「一人での外出はどうしても許可できんそうだ」
コルラードは唇を尖らせた。
「軟禁は解かれたわけですか」
「解かれた。敷地内なら馬にも乗れるので、当主避けにずっと馬屋にいたりする」
「何で避ける必要が……」
ウベルトが眉をよせる。
コルラードはチラッと彼をにらんだ。
部屋にいなければ、ダンテは執務を終えたあとでさがしにくるのだ。
あのさがしているときの困ったような顔が、無性に見たくて堪らなくなるときがある。
以前はついやりすぎてしまった。
ただの戯れのつもりであったのに、あんなに怖い顔で迫られるとは思わなかった。
まして、脅迫までしてくるとは。
おだやかな好人物だと思っていたのに、こちらを玩具としか見ていなかったのだと思いショックを受けた。
「よく軟禁を解きましたね、ご当主。あれだけ執着してたのに」
ウベルトが言う。
チーズの乗った皿をななめに持ちこちらに勧める。コルラードは手をふり断った。
「顔をつかんで "解け” と一言いったら解いた」
コルラードは勝ち誇った。
「もっと早くやればよかった」
「それは……」
ウベルトが苦笑する。
「まわりにいた人は、さぞかしびっくりしたでしょうね」
肩をゆらして笑う。
笑い声に反応してかオルフェオがこちらをチラリと見たが、すぐに目線をそらす。
コルラードは黙ってウベルトの笑う口元を見ていた。
まわりの人もなにもない。
二人きりのときにやったのだ。
ベッドの上で紅潮したダンテの顔をつかみ、「いいかげん部屋から出せ」と怒鳴りつけた。
これだけ情交を受け入れてるのに分からないのかと。
「何か飲みますか、坊っちゃん。あんまり強くない酒もありますよ、ここ」
ウベルトがカウンターのほうを見る。
「いい。――それより」
コルラードは答えた。店の出入口を出入りする客をながめる。
「あの従者に召しかかえられたと聞いた」
ウベルトがチーズを摘まむ。
「ええまあ……そんなお話をいただいて」
「受けたのか」
「受けざるを得ませんね。受ければ、息子の教育や将来にも配慮すると言われちゃねえ」
コルラードは、はなれた席に座る従者を横目で見た。
「卑怯じゃないか。子供の話を持ちだすなんて」
「まあでも悪くはない話ですよ。子供だって、あやしい界隈の者の息子よりは、従者の雇われ人の息子ってほうがそりゃ」
ウベルトが麦酒を飲み下す。
「あれは従者のなかでも当主の最側近だ。おまえかおまえの家族になにかしそうだと思ったら、遠慮なく僕に言え」
「何かって」
ウベルトが苦笑する。
「あの当主の嫉妬深さは尋常じゃない。いまだおまえを疑ってはいるだろうし」
「いや……嫉妬深さなら坊っちゃんも」
複雑な表情になったウベルトを、コルラードは目を眇めてにらんだ。
「いえ」
ウベルトがそう言い、麦酒を飲み下す。
「おまえを使用人という形で手元に置いて、なにかするつもりかもしれん」
コルラードは真剣な表情でそう告げた。
ウベルトがビアマグを置き、口を拭う。
「庶民の男ひとりにそんな凝ったマネしますかね。あの従者の旦那に殺ってこいとひとこと命じればすむ話では」
「それに」とウベルトが続ける。
「あのご当主は、そんな回りくどい手を使うタイプではなさそうですが」




