PER FAVORE, MANTIENILO RISERVATO くれぐれもご内密に II
「コルラードが私よりもあの男を頼った」
ダンテはポソリとつぶやいた。
あまつさえ、あの男のもとのほうが居心地がいいとまで言われた。
体は性欲でゆるしてくれていても、やはり頼りにしているのはあの男なのだと思うと口惜しい。
庶民の家は、同居人全員が一つのベッドで寝ると聞いた。
自身とおなじベッドで寝るようになるよりさきに、コルラードはあの男と何日も同衾していたのだ。
自身よりさきに安心した寝息をあの男に聞かせていた。
悔しくてたまらない。
「それがウベルトが気に入らない理由ですか」
オルフェオがあきれた口調で言う。
「それが手出しした証拠だ!」
ダンテは声を荒らげた。
「脅迫してベッドの相手を承知させる方なんか頼るわけがないでしょう」
「なぜ知って……」
ダンテは椅子ごと身体をうしろに引いた。造りのいい執務椅子の背もたれがギシッと音を立てる。
「コルラード様からお聞きしました」
「コルラードがわざわざおまえに打ちあけたのか?!」
「ええ……まあ」
オルフェオがやや曖昧に返事をする。
そんなことを打ちあけるほど仲がよかっただろうか。ダンテはオルフェオの顔を見上げた。
「いつだ」
「コルラード様が軟禁されているあいだですよ。日になんどもお会いしていましたから」
ダンテは眉をよせた。
そういえば以前、コルラードとこの従者との仲を疑ったことがあった。
夜中に二人きりで話していたことがあったはずだ。
「まさか……」
「何なら」
ダンテの湧き上がった妄想を、オルフェオが鋭い口調でさえぎる。
「ウベルトの件は、コルラード様にお口添えをお願いしてもよろしいでしょうか。これについては、おそらく反対はしないと思われますので」
「うっ」
ダンテはふたたび身体をうしろに引いた。
上目遣いのコルラードにかわいらしくお願いされる様子を想像してしまう。
「ひ……卑怯ではないか。そんな方法を使うなど」
「僭越ながら一つご助言申し上げますが」
オルフェオが執務机に手をつき顔を近づける。
「ここで承知すれば、コルラード様はお心のひろい方だとあなたを見直してくださるのでは?」
「おまえ……」
そんな手できたかとダンテは歯噛みした。
「妙な疑念などもう持ってはいないのだと受けとって、いまよりさらにお心をゆるしてくださるかもしれない」
「う……」
ダンテの脳裏に、尊敬に満ちた目で見つめるコルラードの妄想が浮かぶ。
オルフェオの手の者ということは、べつにふだんから屋敷にいるわけではない。
なかには屋敷の庭師や下男に身を窶している者もいるが、たいていはオルフェオが調査等の現場に呼びだすらしい。
コルラードと屋敷内で顔を合わせるわけではないのだ。
ダンテはおもむろに手を組み、姿勢を正した。
威厳ある執務中の当主の表情をつくる。
「……給金の件、考慮する」
「はっ」
オルフェオが何ごともなかったように折り目正しく一礼した。
「ウベルトを?」
ヴィラーニ家の食堂広間。当世ふうの内装を天井のおおきなシャンデリアが照らしている。
コルラードが魚料理を食していた手を止めた。
「オルフェオが今後も手の者の一人に召し抱えたいと言いだして」
ダンテはワインを口にした。
コルラードの軟禁を解いて数日が経っていた。
コルラードがほかの男の目にふれる機会を作るのはいまだ不安だったが、彼が遠方の出先にあらわれた夜、何となく強烈に愛されているような気分になってしまい、要求されるまま軟禁を解いてしまった。
よくよく考えてみれば、はっきり好きだと言われたわけではないのだが。ダンテは眉をよせた。
「それで、あなたは」
コルラードがふたたび料理を口に運ぶ。
「許可した」
ダンテはそう答えた。
チラチラとコルラードの様子を伺う。
少しは見直したような表情をしてくれるだろうか。
満面の笑顔で席を立ち上がり、心のひろい人だと感激して抱きしめてくれるまでを想像してみたが。
そこまでは都合がよすぎたか。
そういうリアクションをしてくれそうな性格ではない。
遠方まで会いにきてくれたときは、ものすごく独占欲の強そうなセリフを言われたが。
あれは好意なんだろうか。
冷静になると、性欲に浮かされてのその場かぎりの言葉だったのかもしれないと思った。
コルラードがもういちど手を止めてじっとこちらを見る。
何か考えているようだ。
「何か……不満か」
ダンテはワイングラスを置いた。
「不満ならとり消すが」
「いえ」
コルラードがふたたび魚料理を口に運ぶ。
「ウベルトは承知したんですか?」
「そこまではまだ聞いていないが……」
ワイングラスのステムを何となく指先でもてあそぶ。
期待していた反応でないのはともかく、何が引っかかっているのだろうか。
「まあいいです」
コルラードが、かなり間を置いてからそう返す。
「寛容な対応に感謝します」
「ああ……」
どうにもいまいち本音がつかめない。ダンテは、コルラードの行儀よく食事をする姿をながめた。
軟禁していたときは、私室の小さめのテーブルで二人で食事をしたことがなんどかあった。
あんなふうな二人きりの食事を続けたかったが、コルラードにしてみれば軟禁中がいまだ続いているようでとうぶんは嫌かと思う。
「あしたの午後、街に出かけたいと思いますが」
コルラードが料理を切り分けながら切りだす。
「ああ……なら、オルフェオについて行かせる」
ウベルトの話はもういいのか。
期待していたのとかなりちがう。
かわいらしく笑いかけて、大好きとか愛してるとか心がひろくて尊敬してるとか。
ダンテは複雑な心持ちになりながらフォークを手にとった。
「執務は、きょうは?」
かなり間を置いてからコルラードが問う。
「きょうはもう終わりだが」
コルラードがしばらく無言で食事を続ける。
食器のこすれるかすかな音が、しずかな食堂広間に響いた。
「……食事のあと、僕の部屋にきますか?」
コルラードが食事を続けながら尋ねる。
ダンテは顔を上げた。
コルラードはこちらを見ず、黙々と食事を続けている。
「……ああ」
かなり間を置いてダンテはそう返事をした。
口元がゆるむのを、手の甲でさりげなく隠した。




