PER FAVORE, MANTIENILO RISERVATO くれぐれもご内密に I
ヴィラーニ家の執務室。
執務机の横にあるおおきな窓からは、やわらかな昼の陽光が射しこみ、上等な絨毯にうすく光をのばしている。
いまごろコルラードは、久しぶりに庭で乗馬を楽しんでいるのだろうか。
ダンテは書類にサインをした。
窓から見たかったが、目の前で書類整理をしているオルフェオに咎められそうな気がした。少しだけ見てすぐに執務に集中できるかと言われたら、自信はない。
コルラードをともない遠方から帰宅したのは、きのうのことだ。
敷地内についた馬車をオルフェオが出迎えると、コルラードはじろりと彼をにらんだ。
コルラードがとつぜん遠方の出先にあらわれたのは、間違いなくオルフェオが噛んでいるのだろうと推察した。
その場で詳細を問いただしたかったが、コルラードに腕をつかまれ強引に私室に連れこまれた。
この従者のことだ。事情を聞かれるのは想定していたであろうし、屋敷で待つあいだにうまい言い訳を思いついているかもしれない。
それでも何があったのか聞かないわけにはいかないだろう。
ダンテは、執務が一段落したところで羽根ペンを置いた。
「出先にとつぜんコルラードが現れたんだが」
おもむろにそう切りだした。
「ええ」
棚のまえで書類整理をしていたオルフェオが返事をする。
「なぜあんなふうにとつぜん」
「拳銃をつき付けられましたので、やむを得ず」
オルフェオが答える。
「……どこから拳銃が」
「携帯していたものを奪われまして」
「おまえが?」
ダンテは顔をしかめた。
「たまにはそんなこともあります」
「コルラードに?」
オルフェオがクルリとこちらを向く。
「さすがは軍隊にいらっしゃった方だ。まじめに訓練を受けていたのでしょう」
オルフェオが人あたりのよさそうな笑みを浮かべる。
ダンテは押し黙った。
コルラードを誉められると、ものすごくうれしい。反論したくない。
だがこの笑顔にはげしい違和感を覚える。
「そもそもなぜコルラードはおまえに拳銃をつき付けることになったんだ」
「ああ、それですね」
オルフェオが相づちを打つ。
「部屋を出ると言われましたので、ダンテ様に会いに行くのかとお聞きしたのですが」
「えっ……」
ダンテはそう声を上げた。口の端がゆるむ。
自分に会いに来るためにしたことだったのか。
「そ……そんなことをしなくても、早く帰ってくれと人でもよこして伝えればすぐに帰ったのに」
ダンテは目を泳がせた。羽根ペンの羽根の部分をソワソワともてあそぶ。
「ところがコルラード様は、"会いたいわけがない” とお答えになりました」
オルフェオがふたたび背を向けて書類整理をする。
ダンテは従者のうしろ姿をながめた。
「……会いにきたが」
「そうですか」
オルフェオが答える。
会いにきて、やたらと情熱的にすごしてくれたのだが。
こちらの顔を両手でつかみ、「自分のものだ」と言い口づけてくれた。
つぎの日の朝、目覚めたときにはこちらの顔をじっと見つめて甘い口づけをくれた。
顔が熱を帯びる。
ダンテは思わず手で口をおおった。
「リアクションしにくいようなことを執務中に考えるのやめてくださいね」
オルフェオがこちらをチラリと見る。
「……何を考えているのか分かるのか」
「少なくとも出納の計算でないのは分かります」
そこまであからさまな表情をしているだろうか。ダンテは眉をよせた。
「一つ聞きたい」
「はい」
オルフェオが手を止めこちらを向く。
「なぜあの男がコルラードについてきた」
「ウベルトのことですか」
オルフェオがそう確認する。
「護衛です」
淡々とそう続け、ふたたび背を向けて書類整理をはじめる。
「なぜあんなのを護衛にした」
「適役ではありませんか。コルラード様を長期日数に渡って無償で保護していた者ですよ。コルラード様のためなら多少の危険も顧みなそうだ」
「それで」
ダンテはきつく眉をよせた。
「おまえがあの男を雇ったというのはほんとうか」
「御家とまったく関係のない者に当主のご養子君の護衛をさせるわけにはいきませんので」
オルフェオが手にした書類の束をパラパラとめくる。
「では今回かぎり便宜上ということか」
「今後も調査等のさいに手の者として使いたいと存じますので、できれば給金の考慮などしていただけたらと」
オルフェオが表情も変えず答える。
ダンテは口をおさえたまま従者の動きを目で追った。
書類整理を終えたオルフェオが執務机のまえに来るのを待ち話を続ける。
「……あの男を雇うために、給金を増やせという意味か」
「下世話な言い方をすると、そうなります」
オルフェオが真顔で返す。
「あの男のために金を出せというのか!」
「コルラード様をお助けした者ですよ」
「拐かして手込めにしていたんだろう!」
ダンテは声を荒らげた。
「逆上して大事をやらかし、自失状態のまま屋敷からさまよい出ようとしたコルラード様をなだめて保護していた者です」
オルフェオはゆるく腕を組んだ。
「なぜ逆上されたかまでは言及いたしませんが」
「うっ」
ダンテは声を詰まらせた。
「そ……そのあいだコルラードに手を出したではないか!」
「コルラード様がそんなことをされたと言いましたか?」
「……言っていないが」
ダンテは従者を見据えた。
「言えるわけがないだろう。あの子は自尊心が高いんだとなんど言えば」
「では手を出した証拠はどこかにありましたか?」
オルフェオが鬱陶しげに眉をよせる。
「……興奮して確認しわすれた……」
ダンテは両手で頭をかかえた。
あのときの失敗を思い出す。
コルラードのなめらかな素肌を見たとたん、理性が飛んだのだ。
証拠を確認するよりさきに自身の唇の跡をつけていた。
「またリアクションしにくいことを口にするのやめてくださいね」
オルフェオは眉をよせた。




