ATTACCARTI あなたを襲撃する III
「待ってくれ。きょうはとりあえずもう寝ないか」
そうダンテは提案した。
「一晩寝て落ちついたらいくらでも聞くから」
コルラードはじっとこちらを見上げていた。ややしてから腕の力をぬく。
ダンテはホッとした。
「待っていてくれ。部屋をもう一つ用意してもらう」
コルラードから手を離してきびすを返す。屋敷の使用人を呼ぶため出入口のドアに向かった。
「ここでいい」
コルラードがそう答える。
ドアノブに手をかけダンテはふり向いた。
コルラードが腕を組みそっぽを向く。何となく兵営に面会に行っていたころを思い出すなとダンテは思った。
「……私が部屋を移動しろと」
ダンテはそう問うた。
「……構わんが」
あらためてドアノブを回す。
「ここで寝たらいいではないですか」
コルラードがそっぽを向いたままで言う。
ダンテはつい窓ぎわにあるソファを見た。コルラードの寝息を聞きながら夜な夜な耳をふさいでいた夜を思い出す。
「それは……つらすぎるのでちょっと」
「ベッドで寝たらいい」
何をこの子は言い出すんだとダンテは思った。
そばで寝てもさわらせてもくれないではないか。
性処理の相手という扱いでいいとまで伝えたのに、それでも要求してはくれなかった。
「きみは、私を生殺しにするためにここまで来たのか!」
「僕がそんなヒマなことをする人間だと思っているのか!」
つい荒らげた声に呼応するかのように、コルラードが声を上げる。
「ベッドにこい」
コルラードがそう告げる。
つかつかとベッドの横に移動すると、上着の留め具を外しはじめた。
「は……?」
困惑して目で追うダンテにかまわず、コルラードは上着を脱ぎすてバサリとベッドに放った。
シャツの首の留め具を外しながら、ダンテのほうを見る。
「二度も言わせるな! ベッドにこい!」
何が起こっているんだと目を丸くしながら、ダンテは言われるままベッドに近づいた。
「してもいい」
コルラードがそう言い、手首の留め具を外す。
「コルラード?」
不意にコルラードが顔を上げる。
「べつに僕がしたいんじゃない!」
「……どちらなんだ」
ダンテは顔をしかめた。
黙々と留め具を外し続けるコルラードの様子をじっと見る。
もしかして、ただ会いに来てくれたのだろうか。
コルラードが上目遣いでこちらを見る。
一瞬だけ視線を横に逸らしたが、不意に緊張した顔をグッと近づけると、唇を食んできた。
コルラードが恋しいあまりに、幻影を見てしまっているんだろうか。
こんなふうに自分から口づけて誘ってくれる幻影を。
幻影でもいい。
こんなしあわせな幻影なら、ぜったいに離さない。
存在を確認するように、コルラードの背中をかき抱く。
抱いても抱いてもまだ足りない。
うす桃色の唇を食み舌をからめ、開いた口角を唇でついばんだ。
銀髪を指で鋤いてまさぐり、コルラードの頭部を抱えるように抱きしめ髪に口づける。
「……ダンテ」
コルラードが熱のある息を吐く。
名前を呼んでくれたのははじめてではないだろうか。そうと気づいて、幸せすぎて鼻の奥がツンと痛くなった。
どうしようもない激情を、コルラードが受け止めてもらっている気がする。
自身のほうが十も歳上で、本来ならコルラードの感情や経験のなさを受け止めてあげるべき側だ。
だが、どうしても一つになりたい感情があふれてしまって、気がつけばコルラードを傷つけている。
そんなふうになる自分を、どうか許してくれと心のなかで懇願する。
どうか受け止めて助けてくれ。
「コルラード」
抱きしめ方が激しかったのか、コルラードがうしろにふらつく。
ベッドに二人で倒れこみそうになり、手をいて体をささえる。
留め具をすべて外したシャツからコルラードのなめらかな肌が覗き見えていた。
きょうはしていいと言ってくれたのだったか。
さきほどの言葉を確認するようにコルラードの顔を見る。
コルラードは、なぜか不満そうな表情でダンテの胸元を見ていた。ゆっくりと手を動かすと、ダンテのズボンの腰のあたりにふれる。
背中に手を回してくれるのか。ダンテはしあわせな気分に頭を朦朧とさせた。
コルラードが不機嫌そうな表情をする。
「コルラード……?」
「脱がないのか」
見たいのだろうかなどとダンテは考えてしまった。
コルラードの天使のような滑らかでかわいらしい体にくらべたらとくに面おもしろくもない男の体だと思うのだが。
「ごめん……失礼だったか」
ダンテはそう言った。起き上がり、ベッドの端に腰かけてシャツを脱ぐ。
部屋のあかりが煌々と灯されたままだと気づいた。
「ああ……あかりもか」
「あかりはいい」
コルラードが言う。
きょうはどうしてしまったんだと思いながら、コルラードのほうを見た。
コルラードは、ヘッドボードの位置に移動し三角座りで座っていた。
なぜかダンテの腰のあたりをじっと見ている。
そんなに見たいものだろうかと困惑する。目が合うと、極端に視線をそらした。
「……傷の痕はあるのかと思って」
コルラードがさらに目をそらす。
ダンテは自身の横腹に手をあてた。
コルラードに刺された傷は、少し肌がひきつる感じで残っていた。
「自分で刺してしまったのだから、きみが気にすることは」
苦笑してそう言うと、コルラードはしばらく黙っていた。
「脱いだら来い」
コルラードが、そっぽを向いたまま言う。
ずいぶんと男らしいなとダンテは苦笑した。
ベッドに手をつき、コルラードに近づく。
煌々と部屋を照らすロウソクのあかりが、コルラードの滑らかな頬をうすいオレンジ色に染めていた。
唇に唇を絡め、舌で抉じ開ける。
コルラードの舌が不器用に絡んできた。
吐息を共有して唇でふかく結合しあう。
あまり接吻に手慣れていないコルラードが、それでも懸命にこちらの舌の動きに合わせてくれようとしているのがかわいくて堪らない。
はじめて接吻したときから、想いはどれくらい通じたのだろうか。
この子と体を共有すれば、心の奥も共有できるのだと錯覚し続けた。
うっすらとミルクの香りがする胸元に口づけ心臓の音を聞くたびに、心に直に愛していると伝えられるのではないかと思った。
どれくらい通じたのだろうか。
たった一人の相手に想いを知ってほしくて苦しみもだえた人間を、少しはかわいそうだと思ってくれただろうか。




