ATTACCARTI あなたを襲撃する II
「ウベルトについてきてもらいました」
ダンテはしばらくコルラードの背中を見ていた。
ややしてから、妄想のなかになんども現れた無精髭の男の顔を思い出し、激情がこみ上げる。
「あの男か!」
コルラードの肩をつかみ、こちらを向かせる。首の留め具を雑に外して襟をひろげ、首筋を確認しようとした。
なぜかコルラードもおなじように両手を伸ばして、ダンテの服の襟をひろげる。
「えっ」
ダンテは困惑してコルラードの顔を見下ろした。
「令嬢とは踊っていただけか」
コルラードが低く声音を落として問う。
まるで尋問するかのような怖い声だ。ダンテは面食らった。
「令嬢……」
「スタイノ家の令嬢だ」
「何でヴィオレッタが」
思わず口元が引きつる。
この子の言動の意味がさっぱり分からない。
「ちょっと待て……コルラード」
とりあえず落ちつかせようとしたが、コルラードはひろげた襟元をグッとにぎった。
「踊っていたのは知っている。二人でしめし合わせてここにきたのか」
「何で踊っていたのを知っているんだ」
ダンテは当惑して尋ねた。
「あちらこちらに手を出して歩いているのは、あなたのほうじゃないか!」
「ちょっと待て! 話が見えない!」
襟元をがくがくとゆすられ、ダンテは声を上げた。
コルラードの両肩に手をそえ、できるかぎりおだやかな口調で問う。
「まず、踊っていたのをなぜ知っている」
「ウベルトが見たと言っていた」
コルラードが答える。
ダンテはゆっくりと思考をめぐらせた。
「それもあの男か!」
やや間を置いてから、ダンテは声を上げた。
最近はウベルトの存在をあまり警戒していなかった。
コルラードが、先日のひさしぶりの情交のさいにえらくかわいらしかったからだ。
何となく、あの男のことは忘れて自分のほうを向いてくれているのではと思ってしまっていた。
「やはりあの男と連絡をとり合っていたのか!」
ダンテは声を荒らげた。
コルラードの肩を強くつかみ、ゆさぶって責める。
かわいらしく油断させて、こっそりつながっていたのか。
あんなにあまえた様子で騙すなんてひどいではないか。
この子に、心をもてあそばれていたのか。
激情がこみ上げる。
「コルラード!」
「うるさい!」
コルラードが声を張り上げる。
「執務のふりをしていかがわしい遠出をしている人間にいわれる筋合いはない!」
コルラードが襟をつかんだ手をググッと上げる。
「何を言っているんだ。ちゃんと執務上の遠出だ!」
ダンテはコルラードの肩をつかんだ。
「きみこそひどいではないか!」
「直々に行く必要もない件に出張ったあげくに日数をのばして言い訳ができるか!」
コルラードが襟をグイッと引っぱりつめよる。
「え」
ダンテは動作を固まらせた。
「待て。日数がのびたというのは何だ」
「あの従者が言っていた。一週間の予定がのびたと」
「オルフェオ……?」
コルラードに何を吹きこんだんだ。
そもそも一週間の予定すらできるかぎり早く切り上げると伝えて発ったのだ。
コルラードの乳母のところへは、付き人がいく予定だった。日数をのばすなどという連絡してはいない。
「待て……コルラード」
とりあえず落ちついてもらおうと、ダンテはコルラードのほそい手首をつかんだ。
「令嬢とさらに楽しむつもりだったのか!」
「なぜヴィオレッタだ!」
ついつられてダンテは声を張り上げた。
「踊っていたのは、以前約束したからだ」
「いつ」
コルラードが上目遣いで問う。
いつだったんだ。ダンテは宙を見上げた。
あの場でもどうしても思い出せなかった。
答えられずについ苦笑を返すと、コルラードはさらに険しい表情になった。
「ほかの人間とは?」
コルラードがさらにつめよる。
「ほかはだれとも踊っていない」
「ダンスを踊っていたかどうかなんて聞いていない!」
「いや……きみが踊っていたといって怒っているんじゃ」
コルラードのいきおいに圧されて、ダンテはふらつくように後ずさった。
「従者とは」
「踊るわけがない」
戸惑いつつそう答える。
「踊っていたかは聞いてない!」
「何を聞きたいんだ!」
「情交していたかどうかだ!」
ダンテはコルラードの顔を見た。
「だれとだ。していない」
「だれが信じるか!」
「いや……信じてくれとしか」
なぜ遠方から到着するなりそんなことを聞いているんだ。ダンテは困惑した。
コルラードはしばらく睨みつけるようにこちらを見ていたが、こんどはやや落ちついた声で尋ねた。
「このまえの男娼とは」
「それは……ちょっとだけ」
ダンテは苦笑した。
コルラードがつかまれた手首を外そうと腕を上下させる。
ダンテが離さないと分かると、そのままでムリやり殴りかかるような動きをした。
「何を怒っているんだ!」
「うるさい! 好き者が!」
コルラードが、上体をはげしくよじらせながら叫んだ。




