ATTACCARTI あなたを襲撃する I
「客?」
滞在した屋敷の客室。ダンテは来客を告げにきた屋敷の使用人を見た。
かたわらの年若い従者と顔を見合わせる。
「ここに滞在しているのを知っているのは、家の者くらいだと思うが……」
来ているのは家の者か。
そういえば、コルラードの乳母への伝言をあとで知らせてくれと言い残してきたのだったか。
「伝言を持ってきた者かな。名は?」
「コルラード・ゾルジ様と」
屋敷の使用人が告げる。
「コルラード?」
ダンテは眉をよせた。
もういちど従者と顔を見合わせる。
「……何でコルラードがここに」
これが自宅屋敷の付近なら、また私室から逃げられたのだと嘆いているところだ。
だが、なぜ遠方のこの屋敷に現れるのだ。
コルラードにとっては土地勘のない地方のはず。わけが分からない。
「お通ししてもよろしいでしょうか」
「ああ……通していい」
あまりの不可解さに、返事が曖昧な感じになる。
屋敷の使用人の背後を目線でさぐった。
ほんとうにコルラードなのか。
おなじ名の別人では。
コツ、と靴音がする。
行儀のよい歩き姿で使用人のうしろから現れたのは、まぎれもなくコルラードだった。
きれいな銀色の短髪に、乳白色の頬とかわいらしい薄桃色の唇。
小柄でほそい少年の肢体に外出着を身につけた姿。
たしかにコルラードだ。まちがいない。
「……コルラード」
ダンテは、少女のように可憐な顔を見つめた。
「どうした。屋敷で何か」
ダンテは屋敷で起こりうるトラブルをいろいろと想像した。
ともかく何か不測の事態があって、自身を頼ってここまで来てくれたのだ。
まずは、あたたかくむかえ入れて安心させてやらなければ。
「コルラード」
ダンテは両手をさし出した。
何に巻きこまれたのかは分からないが、抱きしめて大丈夫だと言ってやろう。
髪をなでて時間をかけてなだめてあげて、何があったのかゆっくりと聞いてあげなければ。
コルラードは、大きな瞳でじっとこちらを見上げていた。
睨んでいるようにも見えたが、顔が強っているせいだと思う。
「コルラード」
途端。
コルラードはほそい腰をひねり、ダンテの頬を思いきり殴りつけた。
「旦那様!」
おどろいた従者が声を上げる。
ダンテは一、二歩うしろによろめきながら、手の甲を頬にあてた。
三回目か。
回数を重ねるごとに威力が増していないか。
なぜこんな反応がと考えているあいだに従者が駆けよる。
「コルラード様、この方はたしかに旦那様です!」
コルラードが何か混乱していると思ったのか、従者がそう声を上げる。
「分かっている!」
コルラードは大声で返した。
暴漢を通してしまったと思ったのか、屋敷の使用人がコルラードをとり押さえようとする。
「いい! 触るな!」
ダンテは声を上げた。
コルラードと使用人とのあいだに割って入る。
「たしかにコルラードだ。下がっていい」
屋敷の使用人は困惑していたが、すぐに真顔になると一礼して立ち去った。
「どうした。何で」
ぼうぜんと問うダンテにかまわず、コルラードがつかつかと部屋中央のベッドの横まで歩みよる。
「令嬢は」
ベッドの上をながめ、続けて部屋全体をぐるりと見回す。
ダンテは従者と顔を見合わせた。
「……私たちしかいないが」
コルラードが何か考えているように腕を組む。
しばらくしてからこちらをふり向くと、年若い従者を睨みつけた。
「……席を外してくれるか」
ダンテは従者にそう指示した。
従者が、戸惑いつつも一礼して退室する。
コルラードはドアが閉まる様子を険しい表情でたしかめ、口を開いた。
「あの従者と関係しているわけでは?」
「……遠方から来るなり何なんだきみは」
ダンテは前髪をかき上げた。
整えていた前髪がくずれたが、もう寝るだけだったのでまあいい。
「一から説明してくれ。なぜここにいる。オルフェオはどうした。執事は」
「質問するなら一つずつにしてください」
コルラードがなおも室内を見回す。
「……だれを付き人にしてきた。まさか一人でここまできたわけではないだろう。オルフェオか?」
屋敷でどんな事態が起こったにしろ、こんなにかわいらしくてか弱いコルラードに危険な遠方までの外出をさせるとは。
道中で何かあったらどうするんだ。ダンテは眉をよせた。
どうせついてきたのはオルフェオだろう。
寝るまえにいったん呼びだして文句を言ってやらねば。




