LE RUOTE GIRANO 車輪がまわる
馬車で出発してどれくらい経ったのか。
コルラードは、ヴィラーニ家の馬車の屋形から外をながめた。
屋敷の周辺から続くブドウ畑はとっくに遠ざかり、延々と丘がつらなる退屈な景色が続いている。
そろそろ陽も沈みそうだ。
いったんどこかに滞在ということになるのか。
「あの……坊っちゃん?」
向かい側の座席にすわったウベルトが口を開く。
「心変わりですか」
ウベルトが言う。
「……まあ、いいですけど」
ウベルトに対しては、ふり回してしまった感はある。
はじめの不正話の経緯を知ってから、どれだけ危険をかえりみず助けてくれようとしたのか。
ウベルトが窓の外を見る。
彼の自宅のある街の城壁が、さきほど遠くのほうに見えていた。
「エルサにまた遠方で仕事だって伝えてるヒマはないな……」
「まあいいか」とウベルトがつぶやく。
「城門のまえまで送ってやる。おまえはこのままエルサのところに帰れ」
コルラードはそう告げた。
進路変更を指示するため、御者のほうに身を乗りだす。
「いやいや、坊っちゃん」
ウベルトは苦笑してコルラードの腕をつかんだ。
「雇われての仕事ですから、途中で帰るわけには」
「あんなのはほとんど脅迫ではないか」
コルラードは声を荒らげた。
「いやでも言ったでしょ? 金でつながった人は裏切らないって」
ウベルトが言う。
コルラードの腕を軽く引き、座席にすわらせた。
「護衛くらいしますよ。ご当主の手前で引き返しますが」
「あの当主に会いに行くわけじゃない」
コルラードはイライラと返した。
「……そうなんですか」
「だいたい、おまえはなぜあそこで出てくるんだ」
「いやまあ従者の旦那に人を呼ばれても、逃げられると踏んでましたし」
ウベルトが苦笑する。
ならば引き受けることもなかったではないかとコルラードは心の中で詰った。
「このさきも行くなら手数をかけることになる。あとで僕からも当主に言って手間賃を支払わせる」
コルラードは窓ぎわに頬杖をついた。
「いいですよ。またわざわざご当主と揉めそうなことしなくても」
以前ウベルトに支払う情報料を得るため、ダンテに慣れない誘惑を仕掛けたことを思い出した。
あのときダンテはこの上なく嬉しそうだった。
あのときは父のために必死だったが、あれが自身のウソを暴くために仕掛けられたことだと知ったときには、ダンテはどう思ったのか。
傷ついた感情がウベルトへの嫉妬に転嫁されたのか。
馬車はガタガタと車輪の音を立てていた。
蹄と馬具の音が止まることなく続く。
さきほどからまったく変わらないゆるい丘の続く景色をながめる。
たとえそうなのだとしても、あの男は妄想がひどすぎる。
その妄想でどれだけこちらをふり回してくれたのか。
いまごろ令嬢と親密にすごしているのだろうか。
あの栗色の長い髪をなで、イヤリングのついた耳たぶを熱っぽく食んでいるのか。
それともまたべつの人間にそうしているのだろうか。
イラつく。
ほかの人間と情交しているところを見ようものなら、引き裂いてやりたい。
あの端正な顔を両手でがっちりとつかんで、こちらを向けと怒鳴りつけてやりたい。
コルラードは、上着の胸元をつかんだ。
馬車は、ガラガラと車輪の音を立て続けていた。




