VOGLIO BALLARE CON TE きみとダンスを II
従者が出入口の扉のほうへと促す。
おなじワインをチビチビとやりすぎたせいで、口のなかが甘い。
「あとで水を持ってきてくれるか」
「お水ですね」
従者がにっこりと笑う。
たまにあいさつに来る人物もいたが、めったに訪れない土地なので見知った顔がそうあるわけでもない。
あとは客室でコルラードのことを恋しがりながら寝ようか。そんなふうに思った。
ふいに視線を感じ、ダンテは人が集まったあたりに目を向けた。
栗色の髪の令嬢がこちらを見ている。
うす紫色のドレスに身をつつみ、品のよい感じに閉じた扇を手にしている。
令嬢が横にいる若い男性に何かを言う。男性は小さくうなずいていた。
令嬢がゆっくりとこちらに近づく。
間近にこられて、ようやく思い出した。
ヴィオレッタ・スタイノ嬢。
何でここに。ダンテは驚いてヴィオレッタを見た。
「……ええと」
「ごふさたしております、ダンテ様」
ヴィオレッタがドレスの裾をあげカーテシーのあいさつをする。
そういえばここのところ来ていなかったか。
とくに無下にしていたつもりはないのだが、まったく意識していなかった。
「……こんなところで会うとは」
ダンテは苦笑いを浮かべた。
「こちらの御家と懇意だったのか」
「輿入れの話があって」
ヴィオレッタが答える。
「この御家の方と?」
「いいえ。輿入れ話のある家が、こちらと懇意なんです」
「ああ……」
ダンテは相づちを打った。
ヴィオレッタがもういちど言う。
「輿入れの話がありましたの」
ダンテは勝気そうなおおきな瞳を見下ろした。
曖昧な感じになってしまった返事が気にさわったのか。
「失礼した。お受けしたのか」
「父はそのつもりです。スタイノ家とはなんどか婚姻している家なので、家の方もよく知っています」
「そうか。おめでとう」
ダンテはそう返した。
ヴィオレッタがわずかに目を眇める。
何か怒らせただろうかとダンテは困惑した。
「いっしょにいた方は、お相手の方か」
ダンテは、さきほどまでヴィオレッタがいたあたりに目を向けた。
こちらをながめながら、おとなしく待っている若者がいる。
「いい方そうではないか。おだやかそうな方だ」
「輿入れの話ですの」
ヴィオレッタがもういちど言う。
「……分かっているが」
ヴィオレッタが目を伏せて黙りこむ。
何かこういったさいに言うべきことがほかにあっただろうか。
ダンテは、従者に目で助言を求めた。
オルフェオなら気のきいた助言なりフォローなりしてくれそうだが、今日連れている従者はよくも悪くも素直な性格でオルフェオよりずっと年若い。
従者は、ただ黙って話が終わるのを待っている。
しばらくするとヴィオレッタは、表情をコロリと変えて笑顔になった。
「ダンテ様」
ダンテはホッとした。
いつもの快活そうな笑顔だ。よく分からないが、機嫌は直ったのだろうか。
「以前、許嫁の方がいらっしゃるかどうかは、答えていただけませんでしたが」
「……そうだったか」
どうと答えたのだったかとダンテは記憶をたどった。
いつの会話だったのか。やりとり自体を思い出せない。
「許嫁はいない。以前いたが病で亡くなった。つぎがなかなか決まらないままだ」
「その許嫁の方は好きでいらっしゃいました?」
「どうかな……あまりお会いしたことはない人だったから」
ダンテは苦笑した。
ヴィオレッタが、じっとこちらの顔を見る。
こんどは泣きそうに見えた。
泣かせることをしている覚えもないんだが。ダンテは困惑した。
コルラードもこんなところがあるなと思う。
冷静な表情をしているかと思うと、とつぜん辻褄の合わないことを言って怒っていたりする。
「ダンテ様、好きな方はいらっしゃいますの?」
ヴィオレッタが問う。
「許嫁などではなく、本心から恋をしていらっしゃる方です」
「ああ……それは」
とうとつにそんな質問かとダンテは思った。
ほんとうによく分からない。
「いる」
ダンテは答えた。
ヴィオレッタがわずかに頬を強ばらせて、こちらの顔を見上げる。
おおきな目でしばらく見ていたが、ややしてから口を開いた。
「……そうではないかと思っていたんです」
そう言い睫毛を伏せた。
「以前ダンテ様が刃物でおケガなさったとき、もしかしてその方に刺されたのではないかと思いましたの」
ダンテは、うっと喉をつまらせた。
何だこの勘のよさは。
これが女性の勘か。
「な……何でそんな」
「だって遊んでいてご自分で刺したなんて、ありえないお話を必死で通そうとしていましたから」
ありえなかったか。
負傷した身で考えたにしては、まあまあできたウソだと思っていたのだが。
「刺した方を庇っていらっしゃるのだと思いました」
ヴィオレッタがかすかに唇をふるわせる。
うつむいていた顔を上げ、キッとダンテを見すえる。
「男の方はしかたないかもしれませんけど、浮気をしたらそれはお相手の方は怒りますわ」
「は……?」
ダンテは令嬢の顔を見た。
もしかして浮気で刺されたと思っているのか。
女性の勘もわりと中途半端なんだなと思う。
「ダンテ様」
ヴィオレッタが強ばった笑顔を向ける。
「以前、いちどだけ踊ってくださる約束をしました」
「そうだったか……」
覚えがないがとダンテは思った。
この令嬢との出逢いはコルラードと同時だったので、どうしてもコルラードに気をとられてしまっていた。
積極的で快活な令嬢という印象しかない。
「まあ……約束したのなら」
いまここでいいのだろうかと、ダンテは連れていた男性のほうを見た。
あわただしく行ったり来たりする着飾った人々のなか、男性が視線に気づいたようにこちらをチラッとだけ見る。
承知しているのだろうか。
客室に戻るのはもう少しあとになると、従者に目で伝える。
「お手をどうぞ」
ダンテは手を差しだした。




