ASSENTE PER UN PO' しばらく不在 II
燭台のあかりを消すと、カーテンから月明かりが透ける。
コルラードは手燭をサイドテーブルに置き、ベッドに腰を下ろした。
「コルラード様」
ドアをノックする音がする。
いつものごとく返事も待たずにオルフェオがドアを開けた。
「御用の向きは……」
オルフェオが、すでにあかりの落とされている部屋を軽く見回す。
「こっちだ。起きている」
コルラードは天蓋をめくった。
「おやすみになるところでしたか」
「用事はとくにない。主人の発狂の元を作らんうちに戻っていい」
「ええ……」
すぐにドアを閉めるかと思いきや、オルフェオはまだ室内を見回していた。
「もし夜中に何かありましたら、ドアか壁をたたいてください。必死でたたけば聞こえる部屋にいますので」
コンコン、とオルフェオがドアをたたいてみせる。
「そんなに近い部屋にいるのか。知らなかった」
「役割的にそうでしょう」
オルフェオが言う。
「正直、何かあっても廊下に出てたすけを呼ぶこともできない状況はどうかと思うんですけどね。以前なら夕方以降はダンテ様がごいっしょでしたからまあいいだろうと思っていましたが」
「そんなものはあなたの主人に言ってくれ」
コルラードは眉をよせた。
「ゾルジ家の使いの方の件は、いい機会だと思ったのですが」
「どんなふうに」
「あなたが現状を伝えれば、場合によってはゾルジ家のお父上から養子をとり消したい等あるかもしれないと思いました」
コルラードは軽く目を見開いた。
意外すぎるセリフだ。
「そんな申し出があったとしても、あなたの気ちがいの主人が素直に呑むと思うのか」
「ようするにダンテ様は、思いつめて視界が狭まっている状態なのだと思います。外部からべつのご意見があれば、そのことにも気づけるのではないかと」
廊下を歩く靴音がした。
オルフェオが軽く確認するようにそちらを見る。
「あなたのためでもありますよ。もしかしたら軟禁から解放して冷静に扱うようになるかもしれない」
「それはどこまでが本音だ」
「ぜんぶ本音ですよ」
オルフェオが、はっと息を吐いて笑う。
「もうあなたは信用しない」
「信用を失うような何かありましたか」
しらじらしい。
コルラードは眉をよせた。
この従者にまんまと騙されて、ダンテにふたたび性交をさせるはめになった。
あの夜にさっそく思い通りの流れになったのを、この従者はどうせ察しているのだろう。
「とくに用はない。もどっていい」
コルラードは感情をおさえ、もういちど告げた。
「おやすみなさい」
オルフェオがおだやかな声でそう返す。
こちらに対してのうしろめたい感情など、いっさい感じない口調だ。
暗い部屋のなかで、むしろ微笑を向けているのだと想像する。
ややして、しずかにドアの閉まる音がした。
手燭のあかりを消す。
小さな火で照らされていたベッドは、うすい月明かりでかろうじて毛布のしわが判別できる程度になった。
べつにダンテが屋敷を空けているからといって、なにが変わるわけでもない。
夕方に顔を出されることがしばらくなくなるだけか。
コルラードはまくらに顔を埋めた。
おかしな話だ。
ずっと一人で、別人のベッドで寝ているのだ。
さすがに財産持ちの御家の当主だけあって、ベッドも寝具も質のよいものを使っている。
作りのしっかりとした天蓋に、羽毛入りの掛布と毛織の毛布。
ゾルジ家でもおなじような寝具を使っていたが、ダンテとベッドにいるのに慣れてきたころ、実家のものよりも上質だと気づいた。
ここで、なんどダンテと夜を過ごしたのか。
あんな経緯だったのに、なぜ自分はここで平気で眠っているのか。
ベッドのどこからか、うっすらと麝香の香りがしている気がした。
なぜこのベッドには、いつまでもダンテの匂いが残っているのか。
いまごろべつのだれかと寝室をともにしているのだろうか。
こちらのことなどすっかり忘れて楽しんでいるのだろう。
こうして考えてるのがバカみたいではないか。
コルラードは唇を噛んだ。




