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【完結】呪縛 〜心を呪縛された男と、体を呪縛された少年の狂恋譚〜 〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
26.しばらく不在

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ASSENTE PER UN PO' しばらく不在 I

 窓の外。濃い灰色の雲が、太陽を半分ほどかくす。

 じきに陽がしずむ時間帯だ。

 食事の用意をしていた女中たちが一礼して退出する。コルラードは窓ぎわで見ていた。

 もう少しすればロウソクを手にした女中が入室し、燭台(しょくだい)に火をともす。


 ダンテが来るのは、たいていもう少しあとの時間帯だ。


 忘れもののハンカチの件で揉めた日から三日が経っていた。

 いちどさせてやったらふたたびこの部屋に居つくのかと思ったが、予想に反してダンテは別の部屋で寝ていた。

 生理現象とやらが起こったら言ってくれと言っていた。

 べつにこちらから言う必要はないだろうとコルラードは思っていた。

 あの男のことだ。

 どうせそう何日もしないうちにさせてくれと言い出すはずだ。 

 承知しなくても、黙っていれば勝手に熱っぽく口づけ首筋を食んでくる。

 「コルラード」と名を呼びながら、あらい息で腰を抱きベッドに連れこむ。


 べつに自尊心に(そむ)いてまで、してほしいなどと言う必要はない。


 ドアがノックされる。

 コルラードはゆっくりとそちらをふり向いた。

 ダンテにいつも口づけされるあたりが、軽く(しび)れたようにうずく。

 「どうぞ」と言うまえに呼びかける声がした。


「コルラード様」


 オルフェオの声だ。

 顔が紅潮したのが分かる。

 なぜダンテを思い浮かべていたのか。

 おかしな表情はしていないかと目を泳がせた。

 返事を待たず、オルフェオがドアを開ける。

「コルラード様」

「失礼な人だな」

 コルラードは眉をきつくよせた。

「あなたの主人すら入室の許可を待つのに、勝手に開けるのか」

「いまさらですか?」

 オルフェオが軽く目を見開く。


「役割がちがいますよ。ダンテ様はあなたに気を使っているだけでしょうが、私は返事もできない状態かもしれないというところまで想定して動く立場ですから」


 コルラードは唇を噛んだ。

 表情をごまかすために言ったのだ。真顔で反論されると余計に居心地が悪い。

「ゾルジ家の従者はちがいましたか?」

 オルフェオが微笑する。

 心の中を見透かされているように思えて、コルラードは目をそらした。

「いまのところとり立てて用はない。もどっていい」

 コルラードは言った。スタスタとカウチに移動し、座って脚を組む。


「こちらは、いちおうお知らせが」


 オルフェオがドアの縦枠(たてわく)に手をかける。

「ダンテ様はさきほどトスカーナのほうに発たれたので、きょうはここにはお戻りになりません」

 コルラードは目を見開いた。

 期待していたものが、スルッと逃げていく感触を覚える。

「お帰りは一週間後の予定ですが」

「何で」

 コルラードは問うた。

「執務の関係ですね。向こうのほうにも若干の所有地があって」

 オルフェオがそう説明する。

「なので私も、遅い時間帯にもういちどこちらに御用伺いに参りますが」

 コルラードは無言で応じた。

 べつに返事は期待していない様子で、オルフェオがドアの縦枠から手を外す。


「ダンテ様からの伝言です。しばらく顔を合わせることはないので、ゆっくり過ごしてくれだそうです」


 コルラードは黙って絨毯(じゅうたん)幾何学(きかがく)模様を見つめた。

「少々急いで発たれたのであなたに会う間がなかったのですが、もしフィエーゾレの乳母殿に伝言などあれば、付き人を行かせるのであとで人をよこしてくれと」

「……僕の乳母がフィエーゾレにいるなど、話したことはないが」

「私が以前調べてダンテ様にお伝えしました」

 コルラードは小さく舌打ちした。


 こうして人のことは散々調べておいて、考えてみればあの男は自身のことはほとんど話したことがないではないか。


 何が性処理の相手だ。

 不定期にいなくなるような男が、なんらかの役割を申し出るなど。

 コルラードは上目遣いで従者を見た。

 おもむろにカウチから立つと、従者のほうに歩みよる。

「そんなに急いで発つなどなにがあったんだ。遠方の所有地が外国に占領でもされたか」

「いえ。内容的には、ダンテ様が直々に行くほどでもないのですが」

「では、なにをわざわざ」

「どうせここにいてもあなたに相手にされないから、気分転換でもしたかったのではないですかね」

 オルフェオが淡々と言う。

「途中、懇意(こんい)の家に立ちよって舞踏会に顔をだすようなことを言っていましたし」

「正式なものか」

「いえ。内々の遊戯的な会ですね」

 コルラードは内心で舌打ちした。


 相手ならしたではないか。


 きょうも言えばおとなしく応じてやるつもりでいた。

 けっきょくのところ、あちらこちらで遊びたいだけの男なのだろうと思う。

 遠方に出かけたら出かけたで、そちらでまたべつの相手と気分よく夜をすごすのだろう。

 舞踏会で出逢った相手にあまい言葉をかけ、やさしく口づけるダンテの様子を想像した。


 自分は何人もの人間と遊んでおきながら、こちらはだれかと少々接触しただけでいちいち疑って激高しているのか。


 なにをそんな男を待っていたんだ。

 黙ってしたいようにさせてやるつもりでいた自分がバカみたいではないか。

 コルラードは従者を横目で見た。

「居ないあいだにおまえとしたら、あの男は発狂するのか」

「とうとつにおかしな冗談を考えないでくださいね。おもしろくないですよ」

 オルフェオが眉をよせる。

「そういうことをいつも妄想して気に病んでいるんだろう? あの男は」

「そうですね」

 オルフェオが答える。

「疑われ損じゃないか」

「どうせあなたダンテ様しか知らないでしょうに。ムリしてそんなことをしなくても」

 コルラードは従者の顔を見上げた。

 なんとなくだが、ウベルトとの仲を疑うダンテの考えに、この従者も同調しているものだと思っていた。

「あの男は、僕が(かくま)った男とまでしたんだと(かたく)なに思っているみたいだが?」

「ああ……あなたが行方知れずになったとき、その妄想でのたうち回ってましたねえ」

「ただの妄想だとは言ってやらなかったのか」

「ムダですよ。泥酔した人間に、”ものが二重に見えているのは、あなただけだ" と(さと)すようなものです」

「役に立たん従者だな」

「おそれ入ります」

 オルフェオが肩をすくめる。


「あなたも」


 やや間を置いてからオルフェオが続ける。

「ダンテ様のお気を引きたいのなら、ほかに方法はいくらでもあるのでは」

「なんで僕が」

 コルラードは眉をよせてそう返した。





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