I TUOI VERI SENTIMENTI きみの真意は II
「御用の向きは」
昼すぎ。
コルラードは、部屋にあらわれたオルフェオを睨みつけた。
ハメたなと言いたかった。
この従者には、ダンテのじっさいの本心も逃げたと知れば逆上するであろうことも分かっていたのだろう。
前日に言っていたことなど、まるで記憶にないというふうに優雅な微笑を浮かべているのがいまいましい。
「お忘れものは渡してくださいましたか」
「……そんなことは、執務室で直接主人に確認したらいいだろう」
コルラードは従者から顔をそらした。
渡したあとにどんな流れになったのか、この従者にはわずかな表情の変化から勘づかれそうだと思った。
「今日はまあ、ふつうに執務をしていらっしゃいますよ」
オルフェオが執務室の方向をながめる。
なにが言いたいのかと不快感を覚えながら、コルラードは聞き流した。
詰ってやりたかったが、それではゆうべ何があったか告白しているようなものだ。
「僕に関係があるか」
そう答える。
「ご心配ではないかと思いまして」
「ヴィラーニが傾いたら傾いたで実家は僕がなんとかする。まったく関係はない」
コルラードはそう続けた。
「いまはとくに用はない。戻ってけっこう」
コルラードは従者に背を向けた。ドアを閉めようとする。
「ゾルジ家の使いの方がいらっしゃっているのですが」
ドアの隙間から、濃藍色の瞳を覗かせてオルフェオが告げる。
コルラードは眉をひそめた。
「ダンテ様へのご機嫌うかがいとのことですが、あなたの様子見も兼ねているのでしょうね」
オルフェオが言う。
「面会なさるのなら、応接室にご案内いたしますが」
そう言い促すように廊下のさきのほうを見る。
コルラードは、しばらくオルフェオの横顔を見ていた。
どの者が来ているのか。実家の使用人の顔を何人か思い浮かべる。
「……いらん」
だいぶ間を置いてそう答えた。
実家にいたころによく接していた者なら、なにかが変わったと悟られてしまうかもしれない。
実家にいたころは、男の性交の相手をするなど想像したこともなかったのだ。
ダンテにすがりつき背中をまさぐり、腰を擦りつけるようになった自分は、人から見たらなにかが変わってしまったように見えるかもしれない。
どんな表情で顔など出せばいいのか。
オルフェオが、横目でこちらを見下ろす。
「面会を拒否されることもあるんですね」
「どういう意味だ」
「ダンテ様が兵営に面会に行かれたさいは、毎回かならず応じていたようですが」
オルフェオがそう問う。
「相手によりけりだろう。親しい実家の使用人と、懇意でもない格上の家の当主とでは、おなじ対応などできるわけがない」
ほう、というふうにオルフェオが形のよい唇を動かす。
「そこまでダンテ様に気を使っていらしゃったのですか? ずいぶんとつんけんとした態度だったように聞いていましたが」
コルラードは上目遣いで従者の顔を見た。
なにか非常に不快な感情が湧く。
「……あの男は、一日にあったことをすべてそんなふうにあなたに話しているのか」
「まあ雑談をする相手が限られていますからね」
「面会には応じても、愛想笑いまでしてやるいわれはないだろう」
コルラードは答えた。
「もういいか。使いの者にはてきとうに伝えてくれ」
「お元気でおられると」
「それでいい」
コルラードはあらためてドアを閉めようとした。
オルフェオがスッとドアの側面に手をかけると、ドアを押してわずかに開ける。
「以前、あなたの身辺を調べていたさいに、ひとつだけ曖昧な点があったのですが。いまお聞きしてもよろしいですか?」
コルラードは眉をよせて従者の顔を見上げた。
「たいして重要な点でもないと思ったので、捨ておいていましたが」
オルフェオが切りだす。
「あなたは、いつからダンテ様をご存知でした?」
質問の意図をはかりかねて、コルラードはさらに眉をよせた。
「お母上が輿入れされた経緯も、ご自分とヴィラーニ家の関わりもすでにご存知のようでしたが」
「それのどの辺が問題だ」
コルラードは目をすがめた。
「問題はありません。ただ確認したかっただけです」
こんどはなにをさぐろうとしているのか。コルラードは彫刻のように整った顔を見つめた。
きのうハメたばかりの相手から、こんどはなんらかの本心を引きだそうとしているのか。
面の皮の厚さにあきれる。
「以前の経済援助がだれからのものか知っていた。途絶えていたことも、その理由もしっかりと把握していた。それでダンテ様の存在をまるきり知らないわけはないですよね」
「先代が死去したのは人伝に聞いていた。その後は正妻の長男が継いだのだろうとただ思っただけだ。どんな人物かなどは興味もなかった」
オルフェオがこちらをじっと見下ろす。
本心の読めない様子に、コルラードは心地の悪さを感じた。
わずかにドアを押したが、側面にかけたオルフェオの手にはばまれる。
「あとは何だ」
「ご実家のお使いの方ですが」
オルフェオが言う。
「当主に軟禁されていると訴えてもかまいませんよ」
コルラードは、目を大きく見開いて従者を見上げた。
「何なら "介護” までやらされていると訴えても」
「……どうせ言えるわけがないと思って言っているのか」
「いいえ」
とくに何の感情もこめずオルフェオが答える。
「使いの人物に言いにくいのなら、お父上宛の封書でも手渡せばいい」
「あなたはいったい、だれの味方なんだ」
「もちろんダンテ様ですよ」
そうオルフェオが答える。
「言ったところで、どうせとり合ってももらえんだろうと踏んでいるのか。跡継ぎでもない息子と経済援助とを天秤にかければ、援助のほうをとるに決まっているだろうと」
オルフェオは黙ってコルラードの顔を見ていた。
「……それともあの男に、戻る家はないと思い知らせてやれとでも言いつけられたか」
「けっこうひねくれていますね」
オルフェオがそう言う。
ややしてからドアの側面から手を離した。
「あなたに言われたくはない」
コルラードはそう吐き捨てて、ドアを閉めた。




