I TUOI VERI SENTIMENTI きみの真意は I
目が覚める。冷えた空気を感じた。
早朝のうすい陽光が窓のカーテンに透けている。
コルラードは、焦げのような不快な匂いに気づいた。
視線を動かすと、サイドテーブルの上で手燭のロウソクがとけて燃えつきている。
灯しっぱなしで寝てしまったのかと気づく。
首元に顔を埋めるようにして寝ているダンテを横目で見た。
こちらを抱きしめるように身体の上に腕を乗せている。
何を乗せているんだ。
コルラードは眉をよせた。
だれが抱き合って寝てもいいなどと言ったんだ。
もういちどダンテを横目で見る。
肌はきれいだ。
どうでもいいが。
顔立ちが男らしく整っているのは知っている。
ウベルトが以前「なかなか男前」と評していたが、そうだろうとは思う。
思うが、関係はない。
性交する理由が、そもそもないのだ。
コルラードは少しずつ身体をずらした。
抱き合って寝るのに応じてくれたなどと思われたくはない。
ダンテが起きるまえに離れてしまおうと思った。
腕の下から這い出るようにして身体を移動させる。
ダンテの寝顔をちらちらと伺った。
身体の上にあった手が、パタッとシーツに落ちる。
ダンテが小さく呻いて目を覚ました。
「……ああ、ごめん」
腕を乗せていたことに気づいたのか、かすれた寝起きの声で言う。
「最近のクセで」
ダンテが気だるそうに体を起こす。しまった腰がひねられる様子をコルラードはたがめた。
最近のクセか。
なぜ最近なんだとしばらく考えてから、思いあたる。
あの男娼の少年か。コルラードは目を眇めた。
あの少年と、毎夜抱き合って寝ているのか。
何かイラついた。
呑気に眠気を覚まそうとしている顔を、二、三発殴りつけてやりたい。
「起きるのか?」
ダンテがおもむろに顔を上げる。
「もう少しここにいてくれないか?」
コルラードは黙ってダンテの顔を見た。
ダンテはシーツの上をさぐると、脱ぎすてたシャツをみつけてはおる。
「朝の時間を少しあけるから」
「さっさと執務に行ったらどうです」
コルラードは背中を向けてベッドの端に脚を下ろした。
「少しでいいから」
ダンテがそう言う。
なにか満足したように見える微笑が、よけいにイライラする。
「あなたの従者に、ここに起こしにこられても迷惑だ」
コルラードは顔をそらして吐き捨てた。
「ああ……」とダンテがつぶやく。
「夕べは出かけると伝えていたから、起こしにはこないと思うが」
コルラードはさらにイラついて眉間にしわをよせた。
たしかにゆうべ、ベッドに連れこまれるまえに出かけると言っていた。
あの少年のところに行くつもりだったのか。
なまめかしく手慣れたもてなしをされて、気分よく性処理をして、抱き合って寝るつもりだったのか。
どうにも行き場のないイライラとした感情が渦巻いた。
ゆうべの自分の態度を思いだしてみる。
どれだけ淫らな姿をさらしたのか。
ダンテはそれをどんなふうに思っていたのか。
あの少年の手練手管とくらべられただろうか。
それとも、所詮かんたんに手に入る相手だったと見下されただろうか。
「コルラード」
「勘違いしないでください」
コルラードは吐き捨てた。
「ゆうべのは、たまたまの生理現象だ。あなたを受け入れたわけではない」
ダンテが背後でしばらく黙っていた。
毛布の衣ずれの音がする。
「……そうだろうとは思っているが」
コルラードはホッとして小さく息を吐いた。
「それでもいてくれないか」
「なんの意味があって」
ダンテは沈黙していた。
言葉を選んでいるのか。
「いてくれるだけでいい」
「意味が分からない」
コルラードは突っぱねた。
ベッドから降り、昨夜ダンテに剥ぎとられたシャツをはおる。無言で留め具をとめ、上着はどこに置かれたかと目でさがした。
カウチにあるのを見つけて手にとる。
「正直言うと、もう一回くらいしたいんだが」
コルラードは眉をよせた。
ゆうべロウソクのあかりを消すのも忘れて、寝つく寸前まで好きなように触れていたではないか。
享楽的な男なんだなとあきれて唇を尖らせる。
「男娼で解消しているんじゃないんですか」
「そうだが……」
ダンテが淡々と答える。
否定しないのか。
コルラードはさらにきつく眉をよせた。
着たばかりのシャツの胸元をにぎる。どうにもこみあげるイライラをぶつけたくてたまらない。
「僕のことはここに閉じこめて、ご自分は外で何人もの人間と楽しんでいるわけだ」
コルラードは言った。
「いい気なものだ」
「べつに何人もじゃない。選ぶ子はいつも決まって……」
コルラードはつかつかとベッドに戻ると、思いきり腰をひねりダンテの頬を殴りつけた。
ダンテの顔が真横を向く。「え」と掠れた声でつぶやき、目を見開いた。
頬に手の甲をあて、ダンテがゆっくりとこちらを向く。
「……殴られるようなことを言ったか?」
呆然とした表情でダンテが問う。
コルラードは複雑な気分で眉をひそめた。
なぜ殴ったのか自分でもよく分からない。
取り繕うようにそっぽを向き、襟を直す。
さきほどから、人のよさそうな顔を向けられるたびに殴りたくてしかたがなかった。
目が合うたびにイライラするのだ。
なぜこんなイラつく男に、一晩中淫らに縋ったりしていたのか。
頭がすっかりおかしくなっていた。
「執務に行ったらどうです」
「もう一回したいんだが」
「しつこいな」
コルラードは吐き捨てた。
ダンテは、ベッドの端に座り何かを考えるようにしていたが、ややしてから口を開く。
「……では性処理の相手ということでいい。生理現象とやらが起こったらいつでも言ってくれ」
そう言い、ベッドの上にあった上着をはおる。
「きみは娼館で解消するのは抵抗がありそうだし」
コルラードは、襟を直していた手を止めた。
以前オルフェオと街に出かけたさいに、娼館に行くのを断ったことがあったが。
「……従者からなにか聞いたんですか?」
「どの従者から?」
ダンテはそう返すと、気だるい動きで髪をかきあげた。




