表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】呪縛 〜心を呪縛された男と、体を呪縛された少年の狂恋譚〜 〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
24.あなたの出かけた先は

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/98

DOVE SEI ANDATO あなたの出かけた先は

 うすく曇ってはいたが、悪天候というほどではない。

 久しぶりに踏んだ土の感触を足もとに感じながら、コルラードは正門の格子に手をかけた。


 門番がこちらを見る。


 ダンテになにか命じられているかと思ったが、とくに止められはしなかった。

 「どうぞ」というふうに会釈される。

 コルラードはすまして門を通りぬけた。


「あの」


 不意に声をかけられる。

 門番とはちがう。年若い少年の声だと認識しながらそちらをふり向いた。

「この御家の方ですか?」

 門の外壁のそば。身形(みなり)のよい少年がいた。

 うすい色彩の金髪に、少女のような整った顔立ち。

 近づくとハチミツのようなあまい香りがした。


「こちらは、ザクロの紋章の方の御家でまちがいないでしょうか?」


 少年に独特の雰囲気を感じて、コルラードは軽く眉をよせた。

 身形(みなり)も行儀も良い感じだが、良家の者というのとは何か違うような。

 少年は、じっと見つめるコルラードに苦笑を返すと、前ポケットから上等なハンカチをとり出した。


「お忘れものを届けに。持ち主の方がザクロの紋章のついたものを身につけていましたので、こちらかと」


 コルラードは少年の顔をまじまじと見ながら受けとった。

 持ち主とはダンテのことだろうか。

 なぜこんな少年のもとに忘れものなど。そう考えてからピンとくる。



 男娼か。そう気ついた。



 (ほお)(こわ)ばるのを感じる。

 少年がなにかあいさつのようなことを口にして会釈をしたが、耳を素通りした。

 うす紅色の唇が上下に動くのだけが目に入る。


 ゆうべ、この少年はダンテと寝たのか。


 この唇でダンテと接吻したのか。

 身形(みなり)のよい服の下の肌を、ダンテの肌と絡み合わせて淫らに過ごしたのか。

 複雑な気分になった。

 居場所をとられたというのと似たような。


「コルラード様」


 背後から張りのある男性の声がする。

 だいぶ間を置いてから、オルフェオの声だと気づいた。

 また逃亡失敗か。

 コルラードは眉をよせた。

 いったい、この従者はどこから見張っているのか。

 少年が目を見開き、コルラードの顔をじっと見つめる。

 なにを見ているんだとコルラードはイライラして睨み返した。


「お客様ですか?」

「忘れものを届けにきたそうだ」


 コルラードは少年に背を向けた。

「ああ、それはありがとう」

 オルフェオがやわらかな口調で応対する。

駄賃(だちん)をやってくれ」

 コルラードは逃亡をあきらめて、つかつかと屋敷のほうに歩を進めた。

 即座に意味が呑みこめなかったのか、オルフェオの返事がない。

 コルラードは振り向いて、少年のほうに(あご)をしゃくった。

「駄賃だ。あとであなたの主人に請求したらいい」

「ええ……」

 オルフェオは曖昧(あいまい)に返事をすると、前ポケットから財布をとり出した。

 少年に紙幣(しへい)を渡すのを横目で見て、コルラードは屋敷に向かう。


 じゅうぶん遊ぶ相手がいるではないか。


 なぜ自分が軟禁され続けなければならないのか。

 コルラードは、通路の横にある低木の葉を乱暴に払った。

 娼婦とはさっさと済ますのだと従者が言っていた。

 ではあの少年とはどうなのか。

 ここのところ、ダンテを乗せた馬車が早朝に帰ることが多いのは窓から見て知っていた。

 執務の関係の外出なのだと思っていた。

 オルフェオが小走りで駆けよる。

 ふり向くと、少年がこちらをチラチラと見ながら帰るのが目に入った。

 まだ見ていたのか。

 コルラードは眉をよせた。

「お散歩をしたいのなら言ってくだされば」

 オルフェオが微笑する。

「いつもながら、しらじらしいな。散歩などとは思っていないだろう」

「門番に言っておかなければ。ご養子君がお一人でいらしたら、引きとめて付き人を呼んでさし上げてくれと」

 コルラードは従者を睨んだ。


「やはりあなたは、逃亡するさいも正門から出られるんですね」


 オルフェオがそう続ける。

 なんのことかとコルラードは従者の顔を見上げた。

「それにしても」

 オルフェオがクスッと笑う。

「何だかあなたは、逃げるたびに客と遭遇しますねえ」

「何者かと接触するまで僕を泳がせているのか」

 コルラードは吐き捨てた。

「いえ。どんな理由があって」

「さあな。主人への点数かせぎか」

「先日あなたが逃げようとしたさいも、何も報告しなかったでしょう?」

 オルフェオは肩をすくめた。

 それはそうだが。それでもこの男は気をゆるせない。

 少なくともウベルトとの連絡には警戒しろと主人に言われていそうだ。

「さきほどのは? どこかのご家中の方ですか?」

 オルフェオが少年が帰って行った方向をふり向く。

「男娼だ。あなたの主人が遊びに行っていたらしい」

「男娼ですか。なるほど」

 オルフェオは少年の行った方角をながめた。

「あなたに似ていましたね」

「どこがだ」

 コルラードは唇を尖らせた。

「男娼と遊ぶ趣味はないと言っていたが、それも大ウソだったか。最低だな」

「いえ、私の知るかぎりはないですよ」

 オルフェオが答える。

「あなたが気づかない趣味もあったんだろう」

「私が気づかないですか……」

 オルフェオがゆるく腕を組む。

 コルラードは、従者にハンカチさし出した。

「あなたの主人に渡してくれ」

 さし出した瞬間、ハチミツのようなあまい香りがした。

 残り香か。

 いつもこの香りを(まと)っているのだろうか。

 自分とは違い、あの少年は繊細で婀娜(あだ)っぽくダンテをもてなすのだろう。

 かすかにイラつく。

「いかがわしいところに遊びに行って忘れものなど、あきれるな」

「あなたが渡したらどうです」

 オルフェオがそう言う。受けとりを拒否するように、腕をゆるく組んだままだ。

「……逃げようとしたのがバレるだろう」

「あなたに飽きたなら、さほど反応はないのではないですかね」

 オルフェオが言う。


「たしかに、最近はあなたに対してずいぶんと穏やかになっているようだ。飽きたというあなたの見方も合っているのかもしれない」


 コルラードは従者の顔を見上げた。

 この従者を、ダンテがきわめて重要な側近として重用しているのはだれが見ても分かる。

 おそらく従者のなかではいちばんダンテと過ごす時間が長く、ダンテの感情の機敏を察するのも巧みなのだろう。

 この従者が言うのなら、たしかな見方なのだろうか。


「このまえは否定していたと思ったが」

「ああ、先日は申し訳ありませんでした。寝不足で気が立っていたもので」


 オルフェオが微笑する。

「ダンテ様も騒ぎを起こしてまで連れもどした手前、引っこみがつかないのかもしれない。飽きたと言いだす切っかけを模索しているところなのかも」

 オルフェオがおだやかに言う。

「渡してみたら、あんがいその切っかけになるんじゃないですかね」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ