SIMILEM TIBI PROSTITUTO きみに似た男娼 II
朝の屋敷内。
廊下や周辺のホールでは、使用人たちが入れかわり立ち代わり行き来している。
「娼館を変えたんですか?」
執務室まえの廊下。オルフェオがドアを開けながら問う。
「香りがちがう」
「残っていたか」
ダンテは服の袖を鼻をあてた。
屋敷にもどったのは早朝だった。私室でいそぎ身じたくを整え、執務室に促されたところだ。
いつものように執務室に入り机につく。
「おかしな店ではないでしょうね」
「おまえに手間をかけさせるようなところへは行っていない」
ダンテは机の上の書類をめくった。
「あなたが朝まで遊ぶとはめずらしい。よほどお気にめした娼婦でもいましたか」
「ああ……まあ」
ダンテは曖昧に返事をした。
ややしてからピンときて顔を上げる。
「おまえ、いつもはさっさとすますクセにとか思ったろう」
「少しだけ思いました」
オルフェオが真顔で答える。
「それはそうと」
オルフェオは手にした書類をダンテの目の前に置いた。
「寝室を変えたことくらい言ってくださいませんか」
執務机に両手をつき、オルフェオがせまるように身を乗りだす。
「書類に不備がありました。ゆうべ私室に伺ったのですが、べつの寝室とやらに移ったとお聞きし、そちらに伺ったところ不在でしたので執事殿と相談して仮の書類を作成させていただきました」
一気に言うと、さらに怖い顔でせまる。
「早急に目を通してください」
「……ああ。悪かった」
ダンテは書類を手にとった。
さきほどから何となく機嫌の悪そうな顔をしているとは思っていた。
寝不足のせいなのか。合点がいった。
この従者にしては意外な弱点だと思う。
「コルラード様にやたらとしつこく突っかかられましたよ」
オルフェオは眉をよせる。
「コルラードと話したのか」
「開けろと言われましたので」
ダンテは目を見開いた。弾かれたように顔を上げる。
「開けて話したのか?!」
顔が強ばる。
いつもの昼間の御用聞きではない。夜中だ。
この従者にまで手を出されてしまった光景をつい想像する。
「私としてもあなたの返事がない以上、また揉めて刺されてでもいるのではと警戒せざるを得ませんから」
「夜中にコルラードと二人きりで話したのか?!」
「いまのお話、聞いていましたか?」
オルフェオが顔をしかめる。
「話しはしましたが、グズられて困りました」
べつの書類を手にため息をつく。
「大きなぬいぐるみがなくなったので寝つけないそうです」
「ぬいぐるみ……」
ダンテは復唱した。
ぬいぐるみに興味はない。書類に視線をもどし黙読する。
ややしてからようやく何のことだと意識して顔を上げた。
「あの子はぬいぐるみが好きなのか?」
「おもしろい」
オルフェオが声のトーンを落とす。
さきほどよりもさらに怖い顔で迫った。
「非常におもしろい戯れ言だとは思うのですが、きょうのところは私は寝不足でして、あなたと主従漫才をやっている余裕はないのですが」
オルフェオが早口でまくしたてる。
「さっさと目を通していただけますか」
「……おまえ、そんな怖い顔でコルラードとも話したんじゃないだろうな」
「もっと怖かったと思いますよ。お顔が強ばっていらっしゃいましたから」
ダンテは従者の顔を見た。
きれいな顔がめずらしいくらいに険しくなっている。
ゆうべのことだけではなく、言いたいことがたまっていそうだ。
本気にさせたらえげつない方法も平気でとる面があるのは知っている。
ここは、素直になだめておくべきだと思った。
「……ゆうべは御苦労だった。午後から部屋で休んでいい」
ダンテは姿勢を正しあらたまった口調で告げた。
「痛み入ります」
何ごともなかったかのように、オルフェオはていねいに一礼した。




