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呪縛 〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
3.イタズラをささやく
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SUSSURRARE UNO SCHERZO イタズラをささやく

 兵営の面会室は、衛兵の待機所の近くにある。

 あまり広くはない。

 質素なテーブルと椅子が数脚ずつ置かれているだけの殺風景な部屋だ。

 慣れない安物の椅子に座り、ダンテはドアが開くのを待った。


 ノックの音がする。


 ようやくかと顔がほころぶ。

「どうぞ」

 そう声をかけると、しずかにドアが開く。


 街で逢った銀髪の少年が、こちらを見るなりあからさまにイヤそうな顔をした。


 通りすがりに少し関わっただけの男が、勝手に素性と居所を調べてきたのだ。気味が悪いと思われてもしかたない。ダンテは苦笑した。

「ここはお茶も出ないんだな。おどろいた」

 ダンテは向かいの椅子をすすめた。

「兵営に住んだことはないんですか?」

 少年が問う。

「ないよ」

 跡継ぎということもあり、兵役は家がいくらかの金額を支払い免除された。

 そういった経緯を彼も察したのだろう、感心しないと言いたげな顔をする。

「座らないのか」

「すぐに退室します。ご用件は」

 先日と同じだ。

 ゆっくりと話がしたいダンテに対して、少年はいかにも早く切り上げたそうだった。


「コルラード・ゾルジ」


 ダンテは少年の名を言った。

「と、言うんだな」

「……調べたんですか」

 コルラードは露骨にイヤな顔をしてみせた。


「どうしても知り合いの親戚か何かではないかと気になって」

「このまえお尋ねになった名前に心当たりはありません」

「きみのお母上の名ではないのか?」


 コルラードがこちらを睨むように見る。

 リュドミラの表情との共通点を見つけようとしたが、何も見つからなかった。

 考えてみれば、彼女はこちらを向いてくれたことすらなかったのだ。

「……どこまで調べたんですか」

「とくに悪意はない。心配しなくて大丈夫」

 ダンテは愛想笑いを向けた。

「なにが目的で」

「何って……そうだな」

 目的などない。ともかくただ知りたかったのだ。


「僕を調べてもなにも出てきませんよ。実家は没落寸前だし、その実家を継ぐわけでもない」


「知っている」

 それもか、とコルラードが不快そうにつぶやく。

「意外な縁のある同士で知り合ったんだ。せっかくだから、こんどうちでお茶でも」

 ダンテは笑いかけた。

 コルラードが眉根をきつくよせる。

「いや……変な意味ではない。ただふつうにお茶を」

「分かってます」

 コルラードは、逸らし気味だった顔をさらに逸らした。


「調べたなら分かるでしょう。僕の母は、あなたのお父上の愛人だった」

「そうだな」


 ダンテは質素なテーブルの上で手を組んだ。

「ならば会うべきではないのも分かるでしょう」

「いやそこはよく」

 コルラードが眉をよせる。

「愛人の息子なんて、よく話をする気になれますね」

「とくに気にもならんが」

 ダンテは答えた。

「僕があなたの立場なら、わざわざ会ったりなんかしない」

「なぜ」

(けが)らわしいではないですか。愛人など」

 ダンテは思わず目を丸くした。


 愛人が汚らわしいとは。

 かわいらしい価値観だ。新鮮すぎる。


潔癖症(けっぺきしょう)なのか」

 ダンテはつい笑いを漏らしてしまった。

 潔癖で他人にも自分にも理想が高いのか。この年ごろはたいていそんなものだが。


「汚らわしいと思わない人がおかしいんです」

「大人はみんな汚いと息巻いている年ごろだな」


 ダンテは肩をゆらして笑った。 

「私はとくに愛人に嫌悪感というものはない。むかしからだが」

「母と面識があったんですよね。お父上をたぶらかしている存在を、なんとも思わなかったのですか?」

 ダンテは背もたれに背をあずけて、コルラードの顔を見上げた。

 清純な少女のような顔が、嫌悪でイラついている。

 つい唇の端を上げた。

 かわいらしい。思わずイタズラ心が湧いた。 

 こんな潔癖な子にいかがわしいことを話して聞かせたら、どんな顔をするのか。

 つい見てみたくなる。


「私もときどき、彼女を父からお借りしていたので」


 ダンテは言った。

 コルラードがぎょっとした顔で蒼い目を見開く。

「ベッドの上での彼女は、非常に魅惑的だった。白い肌がとてもなまめかしくて」

 コルラードが頬を(こわ)ばらせる。

 この上なくイヤそうな表情だが、動揺して退室することすら思いつかないようだった。

「本能にとても忠実で、何をして欲しいかはっきりと口にする方で」

 コルラードの唇が、何か言いたそうに小刻みに動く。

 混乱しているのか言葉は出ず、視線を左右に泳がせた。

 ダンテは椅子から立つと、おもむろにコルラードに近づいた。

 上体をかがめてコルラードの耳元に唇をよせる。 


「意味は分かるか?」


 コルラードがゴミでも見るような目つきでこちらを見上げる。

 ようやく何か言いかけたが、先にダンテが声を発した。

「ウソだよ」

 そう言い、コルラードから離れる。

「冗談だ。きみのお母上には、あこがれていたが見向きもされなかったよ」

 コルラードが、困惑とも軽蔑(けいべつ)ともとれる目つきでダンテを見る。

 本人にしてみれば、せいいっぱいの威嚇(いかく)の目つきなのだろうか。

 かわいらしいとしか感じられないのだが。


 思えば、リュドミラにふられた当時は彼と同じ年齢だったのだ。

 なるほど。とても大人の男には見えんと思った。


「とてもあこがれていたんだがな」

 ダンテは苦笑した。





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