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【完結】呪縛 〜心を呪縛された男と、体を呪縛された少年の狂恋譚〜 〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
23.きみに似た男娼

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SIMILEM TIBI PROSTITUTO きみに似た男娼 I

 ロウソクにあかりがつけられてしばらくすると、甘い香りがただよいはじめめる。

 香りのするものを入れたロウソクなのだろう。少々くどいくらいの香りだ。

 朱色の夜具の敷かれたベッドでダンテは横になり、ロウソクを枕元に運ぶ少年をながめていた。

 朱色と金とを基調にした部屋の内装は、高級な男娼館としての品性は保ちつつも、いかがわしく官能的だ。

 ベッドのすぐ横につり下げられた朱色のカーテンを、ロウソクのあかりが照らす。

 少年はロウソクを置くと、しずかにベッドの端に座った。 

 はおっていた服の帯をときはじめる。 


 娼婦を相手にしても、何も解消できなかった。


 どれだけ性処理をしても飢えのようなむなしい感覚が残るのだ。

 男の子を相手にすればいいのだろうか。


 コルラードによく似た、少女のような少年。


 指名した少年は、ハチミツ色の髪の子だった。

 コルラードよりも優しいおだやかそうな目をしている。コルラードよりも背はすこし高めだろうか。

 だが全体的な雰囲気が、コルラードによく似ている。

 少年がはおっていた服を肩から落とす。

 ゆっくりとこちらを振り向いた。

 男をその気にさせるしぐさというものを教わっているのだろう。

 コルラードとは違い、たおやかで計算されたしぐさ。


 大きな目で睨みつけて嫌うコルラードとはちがう。

 口元にかすかに笑みを浮かべ、好きなようにさわっていいのだと目で伝える。


 肌のやわらかそうな背中。

 まだ子供の背中だ。

 しなやかにひねった腰が、ゆるやかな曲線を描いて締まった白い脚につながっている。

 指のほそい手を夜具の上につき、こちらに身を乗りだす。

 ダンテが手をさし出すと、少年は応じるように身をよせてきた。

 かたわらに横たわり、じっとこちらを見つめる。

 甘い蜜菓子の香りがする。

 さきほど出会ったばかりなのに、以前から愛していたとでも言いたげな目線で少年が見る。


 これがこういう商売をしている者の手練手管(てれんてくだ)なのだということはじゅうぶん分かっている。


 だが、いっときでいいからこれに(おぼ)れたかった。


 にせものの恋慕でいいから、コルラードとたがいに好き合っているのだと思いながらすごしたい。


 少年の(ほお)に手をあてる。

 逆光で、さきほどよりもコルラードに似て見えた。

 少年がほほえむ。しずかに唇を重ねてきた。

 やわらかい唇を、唇の上ですべらせる。

 コルラード。ダンテは心のなか呼びかけた。

 少年の金色の髪をつかみ、からんできた舌に応じる。


 これがコルラードなら。


 こんなふうに情熱的に接吻してくれたら。

 少年の身体を抱きしめ、夜具の上に押し倒しておおいかぶさった。

 ベッドがかすかに(きし)んだ音を立てる。

 少年の(ほお)に接吻し、もういちど口づけた。


 このコルラードは、拒否などしない。


 はげしい恋心を、受け入れてゆるしてくれる。

 感情のまま口づけて、あなたのものにしていいのだと微笑で示してくれる。


 からめた舌に応じ、接吻を返してくれる。

 好きなのだと心の中で泣き喚いて、ダンテは少年と舌をからめた。

 


 いったい、何をしたらこんなにおさえられない感情を分かってもらえるのか。



 きみが子供すぎたのは分かっている。

 ならば、いつ大人になってくれるのか。

 ダンテの身体の下で、少年が肩にそっと手をかけてくる。

 何をしてもいい。あなたのものだと言うように、少年は微笑した。


 にせものでいいから、おたがいの体温を感じて愛し合っているつもりになりたい。


 行き場のない感情を受け入れてほしい。

 抱き締めて脚をからめる。

 衣ずれの音が、大きく部屋に響いた。

 少年がダンテの甘い声を上げる。

 腰を抱くと、腰を浮かせて応じてきた。

 少年の首に唇を這わせる。


 コルラードほどには体温は高くないことに気づいた。

 耳のうしろのあたりに口づけたときの脈が、コルラードほど速くはない。


 肌の上を唇がすべるたび身を縮ませて反応するコルラードとは違う。計算された喘ぎ。

 この子は冷静なのだと気づいた。

 肩にしがみついた手がひんやりとしている。

 コルラードの雑に髪をつかんでくる手とはちがう。 

 拒否するわりにコルラードはいつも白い肌が上気していた。

 あの年齢の男の子だ。

 ただ性欲に引きずられて応じているだけなのだろうと思っている。

 それでもよかった。

 おなじ部屋に住み、毎晩のように抱き合う生活はしあわせだった。

 あんなに激しく拒否されることは、いまさらもうないだろうと思いこんでいた。


 ダンテは、おもむろに動きを止めた。


 少年の体と密着すればするほど、なぜかコルラードとのちがいが引っかかる。

 娼婦と勝手が違うというのもあるかもしれないが。

 少年が(いぶか)しげな様子でこちらを見上げる。

 べつのことを要求されていると思ったのか、ダンテの肩をそっと押して体を起こそうとした。

「いや……べつに変わったことはなくていい」

 ダンテは苦笑した。



 この肌はこの肌できれいだと思うが、この肌ではない。



「……ごめん」

「僕、なにかしましたか?」

「いや、そうじゃない」

 ダンテは答えた。

 とはいえ、このままコルラードが眠る屋敷に帰るのもつらい。

 べつの部屋で寝ていてもあの寝息を思い出してしまう。

 かけた毛布を耳元までかぶり、うずくまるようにして朝を待つのは、私室にいたときとそう変わらない。


「このまま朝まで寝かせてくれないか? 一晩分の料金を払うから」

「それは……かまいませんが」


 少年が答える。

 変わった客の部類にでも入るのだろうか。すこし戸惑っているように見える。

「ああ……」

 ダンテは、少年に向けて両手を広げた。

「抱いて寝るのはかまわないか?」

「かまいませんが」

 少年の頭を包むようにして抱きしめ、ダンテは夜具をかけた。

 コルラードを抱きしめて寝たら、こんなふうだろうか。

 腕のつけ根にのせられた頭部の重みと胸元にかかる吐息。

 これがコルラードのものなら、どれだけしあわせなのだろう。

 密着していっしょに夜具にくるまれて夜を明かせるなら、その場所以外の世界はきっといらないと思える。

 そんなふうにすごしてみたかった。

「あの……」

「何だ?」

「手は、背中に回したほうがいいですか?」

 少年が問う。

 以前、コルラードが一回だけ背中に手を回してくれたことがあった。

 あのときは、想いが通じたのだと思ったのに。

「……回してくれ」

 ダンテは言った。

 少年が片腕を背中に回し、抱きしめるような格好になる。


「コルラード」

 少年の金色の髪に顔を埋め、ダンテはつぶやいた。





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