SIMILEM TIBI PROSTITUTO きみに似た男娼 I
ロウソクにあかりがつけられてしばらくすると、甘い香りがただよいはじめめる。
香りのするものを入れたロウソクなのだろう。少々くどいくらいの香りだ。
朱色の夜具の敷かれたベッドでダンテは横になり、ロウソクを枕元に運ぶ少年をながめていた。
朱色と金とを基調にした部屋の内装は、高級な男娼館としての品性は保ちつつも、いかがわしく官能的だ。
ベッドのすぐ横につり下げられた朱色のカーテンを、ロウソクのあかりが照らす。
少年はロウソクを置くと、しずかにベッドの端に座った。
はおっていた服の帯をときはじめる。
娼婦を相手にしても、何も解消できなかった。
どれだけ性処理をしても飢えのようなむなしい感覚が残るのだ。
男の子を相手にすればいいのだろうか。
コルラードによく似た、少女のような少年。
指名した少年は、ハチミツ色の髪の子だった。
コルラードよりも優しいおだやかそうな目をしている。コルラードよりも背はすこし高めだろうか。
だが全体的な雰囲気が、コルラードによく似ている。
少年がはおっていた服を肩から落とす。
ゆっくりとこちらを振り向いた。
男をその気にさせるしぐさというものを教わっているのだろう。
コルラードとは違い、たおやかで計算されたしぐさ。
大きな目で睨みつけて嫌うコルラードとはちがう。
口元にかすかに笑みを浮かべ、好きなようにさわっていいのだと目で伝える。
肌のやわらかそうな背中。
まだ子供の背中だ。
しなやかにひねった腰が、ゆるやかな曲線を描いて締まった白い脚につながっている。
指のほそい手を夜具の上につき、こちらに身を乗りだす。
ダンテが手をさし出すと、少年は応じるように身をよせてきた。
かたわらに横たわり、じっとこちらを見つめる。
甘い蜜菓子の香りがする。
さきほど出会ったばかりなのに、以前から愛していたとでも言いたげな目線で少年が見る。
これがこういう商売をしている者の手練手管なのだということはじゅうぶん分かっている。
だが、いっときでいいからこれに溺れたかった。
にせものの恋慕でいいから、コルラードとたがいに好き合っているのだと思いながらすごしたい。
少年の頬に手をあてる。
逆光で、さきほどよりもコルラードに似て見えた。
少年がほほえむ。しずかに唇を重ねてきた。
やわらかい唇を、唇の上ですべらせる。
コルラード。ダンテは心のなか呼びかけた。
少年の金色の髪をつかみ、からんできた舌に応じる。
これがコルラードなら。
こんなふうに情熱的に接吻してくれたら。
少年の身体を抱きしめ、夜具の上に押し倒しておおいかぶさった。
ベッドがかすかに軋んだ音を立てる。
少年の頬に接吻し、もういちど口づけた。
このコルラードは、拒否などしない。
はげしい恋心を、受け入れてゆるしてくれる。
感情のまま口づけて、あなたのものにしていいのだと微笑で示してくれる。
からめた舌に応じ、接吻を返してくれる。
好きなのだと心の中で泣き喚いて、ダンテは少年と舌をからめた。
いったい、何をしたらこんなにおさえられない感情を分かってもらえるのか。
きみが子供すぎたのは分かっている。
ならば、いつ大人になってくれるのか。
ダンテの身体の下で、少年が肩にそっと手をかけてくる。
何をしてもいい。あなたのものだと言うように、少年は微笑した。
にせものでいいから、おたがいの体温を感じて愛し合っているつもりになりたい。
行き場のない感情を受け入れてほしい。
抱き締めて脚をからめる。
衣ずれの音が、大きく部屋に響いた。
少年がダンテの甘い声を上げる。
腰を抱くと、腰を浮かせて応じてきた。
少年の首に唇を這わせる。
コルラードほどには体温は高くないことに気づいた。
耳のうしろのあたりに口づけたときの脈が、コルラードほど速くはない。
肌の上を唇がすべるたび身を縮ませて反応するコルラードとは違う。計算された喘ぎ。
この子は冷静なのだと気づいた。
肩にしがみついた手がひんやりとしている。
コルラードの雑に髪をつかんでくる手とはちがう。
拒否するわりにコルラードはいつも白い肌が上気していた。
あの年齢の男の子だ。
ただ性欲に引きずられて応じているだけなのだろうと思っている。
それでもよかった。
おなじ部屋に住み、毎晩のように抱き合う生活はしあわせだった。
あんなに激しく拒否されることは、いまさらもうないだろうと思いこんでいた。
ダンテは、おもむろに動きを止めた。
少年の体と密着すればするほど、なぜかコルラードとのちがいが引っかかる。
娼婦と勝手が違うというのもあるかもしれないが。
少年が訝しげな様子でこちらを見上げる。
べつのことを要求されていると思ったのか、ダンテの肩をそっと押して体を起こそうとした。
「いや……べつに変わったことはなくていい」
ダンテは苦笑した。
この肌はこの肌できれいだと思うが、この肌ではない。
「……ごめん」
「僕、なにかしましたか?」
「いや、そうじゃない」
ダンテは答えた。
とはいえ、このままコルラードが眠る屋敷に帰るのもつらい。
べつの部屋で寝ていてもあの寝息を思い出してしまう。
かけた毛布を耳元までかぶり、うずくまるようにして朝を待つのは、私室にいたときとそう変わらない。
「このまま朝まで寝かせてくれないか? 一晩分の料金を払うから」
「それは……かまいませんが」
少年が答える。
変わった客の部類にでも入るのだろうか。すこし戸惑っているように見える。
「ああ……」
ダンテは、少年に向けて両手を広げた。
「抱いて寝るのはかまわないか?」
「かまいませんが」
少年の頭を包むようにして抱きしめ、ダンテは夜具をかけた。
コルラードを抱きしめて寝たら、こんなふうだろうか。
腕のつけ根にのせられた頭部の重みと胸元にかかる吐息。
これがコルラードのものなら、どれだけしあわせなのだろう。
密着していっしょに夜具にくるまれて夜を明かせるなら、その場所以外の世界はきっといらないと思える。
そんなふうにすごしてみたかった。
「あの……」
「何だ?」
「手は、背中に回したほうがいいですか?」
少年が問う。
以前、コルラードが一回だけ背中に手を回してくれたことがあった。
あのときは、想いが通じたのだと思ったのに。
「……回してくれ」
ダンテは言った。
少年が片腕を背中に回し、抱きしめるような格好になる。
「コルラード」
少年の金色の髪に顔を埋め、ダンテはつぶやいた。




