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【完結】呪縛 〜心を呪縛された男と、体を呪縛された少年の狂恋譚〜 〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
22.あなたの指先

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NON TORNERÒ A CASA LA SERA 夜は帰らない II

 あかりを消した室内。

 ドアを控えめにノックする音がする。

 コルラードは、上半身を起こしてドアのほうを見やった。


 一人でベッドに入りだいぶ時間が経っていたが、なんとなく寝つけずにいた。

「ダンテ様、申し訳ありません。ドア越しでけっこうですので」

 オルフェオの声だ。

 続けて何度かノックする。

 コルラードはベッドを降りドアのまえまで行くと、むこう側に向けて言った。


「開けろ。僕しかいない」


 オルフェオがしばらく沈黙する。

 廊下側からドアノブを回す。鍵でノブがはばまれた音がした。

 ややしてから、カチャッと解錠する音がする。

 非常時用の合鍵かとコルラードは思った。

 ドアを細く開けて、オルフェオがこちらを見る。

 不可解そうに眉をよせているのが廊下の燭台(しょくだい)のわずかなあかりでも分かった。


「ダンテ様は」

「いない。二、三日まえにべつの部屋で寝ると言って、ここには夕方顔を出すだけになった」


 オルフェオは廊下のほうを見た。なにかを考えているように(あご)に手をあてる。

「こんな夜ふけになんの用だったんだ」

「書類に不備が見つかりまして」

 オルフェオが持っていた書類を顔の横にかざす。

「従者に寝床の場所も言っていないとはな」

 コルラードはあきれた。 

「あたらしい寝室の場所は聞いていませんか」

「とくに聞いていない」

 コルラードは答えた。

「あの男なら、さいきんは僕のことを避けているぞ。近寄りすらしない」

 コルラードは口の端を上げた。

「ようやく飽きたんだろうな。いっしょに寝たくもないということなんだろう」

「ああ、あなたにはそう見えていますか」

 オルフェオがゆるく腕を組み、廊下のさきのほうを見つめる。

 屋敷内はしずかだ。

 ほとんど使用人はもう寝ているのだろう。

「どちらであれ、私は執務さえスムーズに済むならいいのですが」

 これがこの従者の本音なのだろうとコルラードは思った。

 本を勧めてきたり、ウベルトと話すのを容認したり。つまりは主人の執務のさまたげにならないよう、その都度こちらをなだめる手回しをしていたということだ。


「主人を執務に集中させるためなら、生贄(いけにえ)が一人くらいいても平気ということか」


 コルラードは鼻で笑った。

 不意に反発的な言葉をかけたコルラードを、オルフェオが意外そうな顔で見下ろす。

「そうですよ」

 オルフェオが淡々と答える。

「犬の考えていることはやはり違うな」

「私はダンテ様個人に仕えている立場ですが、御家そのものに仕えている執事殿などは余計にそういう考えでしょうね」

 ヴィラーニ家の執事は、あまり顔を合わせたことはない。

 なんどか見かけた覚えのある年配の執事をコルラードは思い浮かべた。

「ゾルジ家にも執事殿はいらっしゃいますから、そのあたりの使用人の考え方は、あなたもご存知でしょうが」

「僕にはあなた方の事情は関係ない。主人の寝室をつき止めたら、犬にくらい居場所を教えておくべきだと伝えろ」

 そう言い、コルラードはドアを閉めようとした。

 オルフェオがドアを強く押し開け、するりと室内に入る。コルラードを入口そばの壁に追いつめ、顔の横に手をついた。


「めずらしくしつこい突っかかり方をしますね」


 オルフェオが上体をかがませ、コルラードの顔を覗きこむように見る。

「何ですか、眠たくてグズっているんですか? まさかダンテ様がそばにいないから眠れないというわけではないでしょうね」

「無礼だな。どけろ」 

「いい加減にしてくださいね。関係なくはないでしょう?」

 おだやかに微笑しているが、目は笑っていない。

 主人のためなら間者すらいとわない側近の底の怖さが見え隠れしている気がした。


「こまったことに執務の進みがここのところ遅くて。ミスもこの通り増えたし」


 オルフェオが片手でヒラヒラと書類をふる。

「僕のせいだと言いたいのか」

「あきらかにあなたのせいですね」

 オルフェオが口の端をわずかに上げる。

「何ですか? 触るなとでも言ったんですか?」

「言った。とうぜんの権利だ」

 コルラードは従者の顔をまっすぐ見すえた。

「何に腹を立てたのか知りませんが」

「いつまでも部屋に閉じこめられて、怒らないほうがおかしいだろう」

「それで」

 オルフェオが、スッと顔を近づける。


「何日ほどで許してくださるご予定ですか?」

「一生さわるなと言った」


「いままで平気でさせていたのに?」

 オルフェオが驚いたような顔をしてみせる。

「平気ではない。侮辱するのか」

「でもあなた、嫌悪感なんかぜんぜんないのでは?」

 コルラードは目を見開いた。

 なぜここでそんなセリフが来るのか。意図がつかめない。

 ウベルトも嫌悪感がどうのと言っていたことがなかったか。

 引っかかりつつも聞き流していたが。

「べつに男性ぜんぶにそうだろうとは言いませんよ。ダンテ様に嫌悪感はないのでは?」

 コルラードは無言で従者の顔を見すえた。


 ふつうはあるものなのか。


 どんなふうに、どの程度あるものなのか。

 まったく意識はしなかった。


「……まあ、それはともかく」

 オルフェオは、表情を固まらせてしまったコルラードから身を離した。

「このまま集中力のない状態が続かれてはこまる。場合によっては、あなたに体を使っていただかないと」

「あの男はただ僕に飽きただけだ。あなたがやるべきことは、さっさと養子を解消させて僕を実家に帰らせて、主人の身の回りをスッキリさせてやることだ」


「なるほど。あなたはほんとうに子供だ」


 オルフェオがつぶやく。

「あれは、あなたに嫌われたくなくて健気(けなげ)我慢(がまん)しているだけです」

「嫌っているなんて、まえからだろう」

 コルラードは眉根をよせた。

「私もおなじことをご本人に申し上げましたが」

「これだけ嫌っている相手と性交に持ちこんだんだ。ずうずうしさだけは突出しているな、あの男は」

「それくらいでなければ上級貴族の当主なんて務まりません」

 オルフェオが言う。この時間まで執務室でつめていたからか、思い出したように肩に手をあて、ほぐすように首を動かす。


「ともかく執務のお手伝いだと思って近日中に一回くらい協力してくれませんか」


「僕はあなたの仕事を楽にするための道具ではない」

「もちろんです」

 オルフェオがそう返す。

「主人の養子で、弟君です」

「しらじらしい」

「しばらく横になっていればいいだけではありませんか」

 オルフェオが何の感情も交えず言う。


「わざわざ体を張ってあなたの主人に協力してやる義理なんか僕にはない」

「義理ならあるでしょう。ゾルジ家への援助はいまだ続いていますよ」


 オルフェオは言った。

「ダンテ様が何か判断をまちがえて最悪ヴィラーニがかたむくことにでもなれば、ゾルジ家も没落寸前の家に逆戻りですが」

「それをふせぐのは、あなたや執事殿の役目だろう」

 そう返したコルラードの顔を、オルフェオが腕を組みじっと見つめる。

 廊下から射す燭台(しょくだい)のあかりで、かろうじて表情が分かる暗い室内。

 表情の意味が読めず、コルラードは口をつぐんだ。


「……実家を(たて)に脅迫するあたり、さすが主従でやることはおなじだな」


 あざけるように口の端を上げてみせる。 

「なるほど。はじめは脅迫だったんですか」

 オルフェオが冷静に言う。

「言いたがらなかったはずだ」

 そうつぶやき、フッと鼻で笑った。

「いえ」

 オルフェオが軽く口をおさえる。

「以前あなたが行方知れずになったさい、どの程度合意があったのかとダンテ様にお聞きしたら、言葉を濁しておられたので」

 コルラードは唇を噛んだ。

 ウソをつかれていたと知ったときの怒りがよみがえる。

 従者の顔を上目遣いで睨みつけた。

「……でっち上げの大ウソ話までして」

「ほう、それは」

 オルフェオが淡々とそう返す。何のおどろきも同情もまじえた様子はない。

「いろいろな意味で、大人になるお勉強ができたというか」

「最低だな、あなたは」



「ダンテ様を刺した理由が、ようやく分かりましたよ」



 不意にオルフェオが口に手をあてる。欠伸(あくび)をかみ殺したようだった。

 きびすを返し、コツコツと靴音をさせて出入口のドアのまえに移動する。


「まあ、考えておいてください」


 出入口の縦枠(たてわく)に手をかけて告げる。

「大丈夫。こちらはその手のご協力は、用足しの介護くらいにしか考えていませんから」

「犬が」

 コルラードは低い声で吐き捨てた。





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