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【完結】呪縛 〜心を呪縛された男と、体を呪縛された少年の狂恋譚〜 〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
22.あなたの指先

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LE TUE DITA あなたの指先

 室内はしずかだ。

 ロウソクの(しん)が焦げるジジ、というかすかな音だけが、気まずい雰囲気のなか聞こえる。

 コルラードは何をするでもなくカウチに座り、(ひじ)置きに頬杖(ほおづえ)をついていた。

 読書机の上のオレンジ色のあかりがゆれるたび、絨毯(じゅうたん)の毛足の影がわずかにゆれる。

 もうだいぶ遅い時間帯だ。

 読書机では、さきほどからダンテが執務の覚書(おぼえがき)らしきものを見ている。

 こちらに横顔を向けて脚を組み、だいぶ時間をかけて見ていた。

 毎晩会話を無視され沈黙に耐えきれずなのか、ここ何日かは私室に執務を持ちこむようになっていた。

 そこまで耐えられないなら、さっさと部屋から出せばいいではないかとコルラードは思う。

 いったいなんの意地なのか。

 カサリと乾いた紙をめくる音がする。

 コルラードは横目でそちらを見た。

 あれ以来、わずかもふれてこないなと思った。


 しょせんこの男は、上級貴族なのだろう。

 周囲の者は、自分の考えを察して従うのがあたりまえという思考なのだ。


 (こぶし)で殴るなどという予想外の反応を見せた相手に、面倒くささを感じたということだろう。

 専業として春を(ひさ)いでいる者のほうが、やはり手間がなくていいと思っているところなのか。

 このまま行けばすんなりと手放してくれるのでは。コルラードはそう考えはじめていた。


「眠たければ、寝ていいよ」


 不意にダンテが言う。

「きょうも何もしないから」

 覚書をカサリとめくる。

 コルラードは、なんとなくダンテの手元に目を移した。

 労働をしたことがない者特有の、間接のすらりとした優美な手だ。

 骨格はさすがに男性的でがっしりとしているが、街の労働者などにくらべたら肌もなめらかだ。

 あの手でいつも無遠慮に体中をさわってくるのか。

 コルラードは、性交のさなかのダンテの様子をつい回想した。

「……娼館なんかは、行くんですか」

 気がつくとそう口にしていた。

 さらに気まずい空気がただよった気がしたが、まあいいかと思う。

 ダンテは目を見開いて、ゆっくりとこちらを見た。

 コルラードのほうから話しかけたことに、非常におどろいた様子だ。

 質問の意図をさぐろうとしているのか、しばらくこちらをじっと見ていた。

「……行くよ。ときどき」

 ダンテが答える。

「じゃあ、そちらのだれかを囲って部屋に置けば」

「きみとするのとは違う。ただの性処理だ。相手もそれと分かっている」

「でも、かんたんでいいでしょう」

「またそれか」

 ダンテは眉をよせた。

 スッと覚書に視線をもどす。


「きみが子供なのは、ただの性処理とそうじゃないものの違いが分かっていないところだ」


 コルラードは唇を噛んだ。

 いつものわけの分からない理屈をこねだしたと内心で舌打ちする。

 またそれかと言いたいのはこちらだ。

 どう言い方を変えても、やることは変わらないではないか。

 なぜ機嫌の悪そうな口調で言われなくてはならないのだ。

 コルラードは睨むようにダンテを見たが、ダンテは覚書のページをカサリとめくり、もうこちらを見なかった。

 所在なく、さきに寝るため上着の留め具を外しはじめる。

 外しながら、ふたたびダンテのほうを横目で伺った。


 この前までは、あれほど性急に服の留め具を外したくせに。


 いま覚書をめくっている手で、体中を遠慮もなくまさぐったくせに。

 飽きたとなったら一日二日でえらい変わりようだ。

 そこまで興味がないなら、さっさと部屋から出して養子を解消すればいいものを。

 思い切りの悪い性格なのだろうか。

 よく大貴族の家の切りもりができるなと思った。

 コルラードは上着を脱ぎ、カウチの背もたれにかけた。

 シャツの(そで)の留め具を外す。

 ダンテが、さきほどよりもさらに顔をむこうに向けた気がした。ゆっくりと読書机に頬杖をつく。


 ダンテの頸骨から鎖骨にかけて、首筋を通る筋肉がロウソクのあかりでできた影で強調される。


 コルラードは、じっと見た。

 性交のとき、この男はよくこちらの肩に顔を(うず)めてくる。

 体をゆするたびに首筋の筋肉が顔の横で動いていた。

 いつも耳たぶのあたりから麝香(じゃこう)が香る。

 のしかかり(かす)れた声で「コルラード」とつぶやくと、あの喉仏が唇のふれそうな位置で動く。

 娼婦とするときもああなのか。

 時間をかけて念入りに肌に口づけるのか。

 娼婦にも自分に対するときと同じように(とろ)けるような目つきを向けるのだろうか。

「その娼婦も母に似ているんですか?」

 コルラードは尋ねた。

 ダンテはふたたび真意をさぐるような表情でこちらを向いた。

「似ていないね」

「似ていなくてもいいんですか」

 べつにどうでもよかったが、ここのところの退屈な生活のせいだろうか。ついつい話しかけてしまう。

「べつにリュドミラに似た人ばかりを追っていたわけじゃないよ」

「浮気性なんですか」

 コルラードは問うた。

 ダンテがふたたびこちらを見る。

「こんなことで浮気性と言われても……」

 あっけにとられたような表情だ。

「きみの潔癖症はひどいな……」

「ふつうだと思いますが」

 ダンテはため息をつくと、燭台(しょくだい)の足の部分をつかんでベッドにあかりがあたらない位置にずらした。

 オレンジ色の光にさらされていたベッドが、うす暗くなる。

「……寝ていいよ」

 ダンテはそう告げた。





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