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【完結】呪縛 〜心を呪縛された男と、体を呪縛された少年の狂恋譚〜 〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
21.きみに触れることができない

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NON POSSO TOCCARTI きみに触れることができない

 手燭(てしょく)のあかりを消すと、室内はカーテン越しに入る月明かりで青く染まる。

 ベッドの端のほうで背中を向けて寝ているコルラードの、白っぽく浮かび上がる銀髪をダンテは横目で見た。

 いちどくらい抱き合って寝たかったが、コルラードは決してそうさせてはくれなかった。

 情交のあとはいつもくるりと背中を向けて、人ひとり分のスペースを空けて寝てしまう。

 ここ数日は、情交どころか髪の毛一本すらふれていない。


 コルラードと毎晩のように体を重ねたベッドで、ふれられもせず寝ている背中を見ているのは切なすぎた。


「……コルラード」


 小声で呼んでみたが、返事はない。

 ほんの少しはみ出た肩に毛布をかけ直してあげたいが、それも機嫌を(そこ)ねるだろうか。

 上半身を起こし、コルラードのうしろ髪をながめた。

 寝たふりをしているなら、衣ずれの音で気づくはずだが。

「コルラード」

 もういちど小声で呼ぶ。


 手をのばして毛布を直してやったが、コルラードは動かなかった。

 ちゃんと寝入ってはいるのか。


 おなじベッドで眠ることすら嫌がられているのではとも思っていたが。


 眠っているあいだに、こっそり抱きしめてしまおうかと思った。

 抱きしめて寝たら、温かいのだろうなと想像する。

 コルラードは、ほんの少し体温が高い気がする。

 男の子はそんな子が多いが。


 抱き合って二人で毛布にくるまれ、おたがいの体温だけを感じて朝までいられたら、どれだけしあわせなのか。


 コルラードの寝息が小さく聞こえてきた。

 いまだ私のもとは、あの男の家より居心地が悪いのか。

 どんなにやさしく奉仕しても微塵(みじん)も受け入れられないほど、私と情を交わすのは嫌なのか。

 そこまで思ったら、泣きそうに顔がゆがんだ。


 なぜこの子をゆっくりと口説くことをせず、性急に自分のものにしようとしたのか。


 まず恋から教えてあげるべき年齢だった。

 自分でも気が狂っていたとしか思えない。


 しずかに身体を起こす。

 そっとベッドから降りると、ダンテは部屋着を手にした。

 できる限り靴音を立てないようにして窓ぎわに行くと、カーテンをわずかに開けて外を覗く。

 月あかりで幻想的に照らされた庭の様子が目に入る。

 広いまっすぐな通路が白く浮かび上がり、噴水の下のゆれる水面は黒く月を映している。

 ダンテはため息をつくと、窓ぎわのカウチに座りそのまま横になった。


 おなじベッドで寝るなど、つらすぎる。


 ここのところは、毎晩こんな感じだ。

 部屋着を毛布代わりに身体にかける。

 少々肌寒かったが、あまりそれを気にする気にはなれなかった。

 天井をぼんやりとながめて、眠くなるのを待つ。


「コルラード……」


 天蓋(てんがい)のなかを横目で伺う。

 コルラードは、しずかに寝息を立てていた。

 物音ひとつしない部屋のなかでは、かすかな寝息でもはっきりと耳に届く。 

 切なすぎた。

 部屋着を耳のあたりまでかぶり、ベッドに背中を向ける。

 コルラードの寝息の一回一回が、誘ってでもいるように感じられた。

 部屋着の下で身体を丸める。

 全身でコルラードの体温をたしかめたい。

 好きだとは言ってくれなくても、せめて隙間(すきま)なく密着して夜をすごしたい。


 なのに、それをやればどんどん機嫌を損ねていくのだ。


 ふれたくて堪らないのに、ふれるのが怖くなっていた。

 空気を食み続けているような、解決しようのない餓えの感覚で頭がおかしくなりそうだ。


 毎晩、眠気が来ることはなかった。




 さわやかな陽光に照らされたヴィラーニ家の庭は、夜とはうって変わって清々しい。

 広い通路をとおり屋内に入ると、ダンテは玄関ホールを歩きながら手袋を外した。

 所有地の視察から帰ったところだ。

 あいかわらずブドウ畑のあのふかふかとした土は苦手だ。

 ここのところ寝不足なせいか、余計に足元がおぼつかない。

 出迎えた執事の顔をチラリと見る。


「べつに寝不足ではない」

「は?」


 執事がポカンとした顔でこちらの顔を凝視する。

 連日の寝不足の状態が、そろそろ勘のいい者には気づかれているのではと気になりだしていた。

「ご視察はどうでした」

 執事が尋ねる。

「農夫の休憩時間に焼菓子をもらった」

「焼菓子ですか」

 ダンテが連れていた従者に手袋を渡すと、従者は手にしていた焼菓子を交換するように渡す。

「オルフェオは」

 玄関ホール奥にのびる階段。踊り場のあたりを見上げる。

「書類整理をしているようでしたから、すぐにいらっしゃるのでは」

「これをコルラードに渡してくれと言ってくれ」

 ダンテは、執事に焼菓子を手渡した。

「よく分からんが、コルラードは焼菓子が好きらしい」

「ご自分で渡されては」

「いや……」

 ダンテは歩を進めながら目を伏せた。

「……執務がたまっているのだろう?」

 執務室につづく階段のほうに向かう。


 コルラードの顔が見たかった。


 焼菓子がどれほど好きなのかはさだかではないが、直接手渡したら一瞬くらいは嬉しそうな顔をしてくれるだろうか。

 また不機嫌な顔をされて、そんなものより部屋から出せと(なじ)られるほうかと苦笑する。

「ああ……」

 ダンテはうしろをついてきた執事に声をかけた。


「近日中に、寝室を一室用意してくれるか」


「はっ」

 執事が背後で返事をする。

「コルラード様の寝室なら、以前お使いになっていたお部屋をそのままにしておりますが」

「私の寝室だ」

 ダンテは答えた。

 執事がしばらく沈黙する。

 不可解な表情で考えこんでいる様子が、何となく想像できる。


「いま寝室にしているお部屋は、何にお使いに」

「いままで通りコルラードを置く」


「は……」

 執事はしばらくのあいだ無言でうしろをついてきた。

 わけの分からないことを言っているのは、自分でも理解できている。

 どうか面倒な説明はさせないでくれとダンテは念じた。

 毎晩、ふれたくてもふれられない虚しさを我慢(がまん)しながらカウチで浅い眠りをくりかえすのはつらすぎる。

 こんな状況が続けば、体調を崩しかねない。


 とはいえ、コルラードを部屋から出すのはいまだ怖かった。


 また逃げられてしまうのではとつい考える。

 解放したら、あっという間にあの無頼の男のもとに行ってしまうのではないかと想像してしまう。

 こうしているあいだにもコルラードがあの男と連絡をとろうと画策しているのではと落ちつかないのだ。

 部屋に監視の者を置きたいくらいだ。

「なるべく早急に用意させますので」

 執事が、しばらく沈黙してからそう言う。

 不可解だろうが、つとめて淡々と返答してくれるのがありかたい。

「ああ……頼む」

 ダンテはそう返しつつ階段を昇った。





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