INFORMAZIONI SU DI TE きみについての情報
執務室の大きな窓から、あわい陽光が射しこむ。上等な絨毯にやわらかい光がのびていた。
壁にそってならぶ渋茶色の書棚には、ヴィラーニ家の紋章入りの装丁をした分厚い本がおさめられている。
当主の教養をアピールするために執務室や書斎に分厚い本をならべるのは、海のほうの街の慣習だ。
執務椅子にすわり、ダンテは机のうえで手を組んだ。
オルフェオが、上着のポケットから小さく折りたたんだ紙片をとりだす。
「名前はコルラード・ゾルジ」
折りたたまれた紙をダンテに差しだす。
「マロスティカの下級貴族の長男ですが」
「長男か」
ダンテは渡された紙片を開いた。筆記体で調査結果の概要が記してある。
「では跡継ぎ息子か」
「いえ。家は継がず、十五歳になったのを機に軍に入隊したそうで」
「何でまた」
ダンテは顔をしかめた。
「次男三男なら、よくある行き先だが」
「古株の女中の話なのですが」
オルフェオが淡々と話を続ける。
「奥方が輿入れして半年後に産んだ子だったとか」
「半年」
ダンテは復唱した。
「つまり?」
「輿入れまえに、べつの者との間にできた子ということですかね」
とくに何の感情もまじえずオルフェオが答える。
婚外子を妊娠した女性が、早々にてきとうな家に輿入れして体裁をととのえるというのは、ままある話だが。
「ゾルジ家の当主としては、育てるのは承知できても跡を継がせるまではという感じなのでしょうか」
オルフェオがそう続ける。
「どんなに遠縁でも血縁の者が跡を継ぐものだしな……」
ダンテは紙片に目を落とした。
「リュドミラという女性ですが」
やや間を置いてからオルフェオが切りだす。
「親戚にいたか」
「その奥方が、同じ名でした」
「え……」
ダンテは顔を上げた。
つい従者の顔をじっと見てしまう。
「……母親ということか?」
「そうなりますね」
オルフェオが答える。
「きれいな銀髪の美しい女性だったと。おっしゃられていた容姿と一致するかと思いますが」
こんなに唐突に彼女のその後がつかめるとは。ダンテは戸惑った。
ヴィラーニの屋敷に現れなくなったその後について、知りたかったことが頭のなかに溢れる。
まず何から聞いたらいいのか。
「今どうしている」
「二年前に病で亡くなっているそうです」
オルフェオが答える。
ダンテはやや間を置いて、がっくりと表情を落とした。
「……そうか」
舞い上がった気持ちが一気にしぼむ。
二年早く調べていたら、もしかしたら会えたのかもしれないのか。
今さらそんなことを考えてもしかたがないが。
「そうか」
ダンテは机の上でゆっくりと手を組んだ。
「引きつづき調べてくれるか」
「ええ」
オルフェオが返事をする。
「あとはどんなことを」
そう問われてから、ほかに調査すべきことなどあるだろうかと考える。
いちばんの目的であったリュドミラの行方もその後も、すでに判明したのだ。
亡くなっていたということであれば、この上さぐることなどないだろう。
「そうだな……」
だが何か足りなかった。
ここ何日か調査結果を待つあいだ、リュドミラよりもあの少年の身元や名前のほうが気になっていた。
もう少し知りたい気がする。
「友人とか恋人とか、よく遊びに行く場所とか……」
「私生活ですか」
「いや、ええと……」
これではまるで、おかしな付きまといではないか。
もう少し格好のつく調査内容はないのか。
「ああ……」
ダンテはおもむろに顔を上げた。
「ゾルジ家とは、どんな家だ」
「いわゆる貧乏貴族ですね。没落寸前という感じです」
オルフェオが答える。
ダンテは、手元にある紙片をざっとながめた。
「海洋貿易が栄えていた時代には、やはり商売をされていてそれなりだったとのことですが、貿易がすたれてからは落ちぶれる一方だったようで」
「所有地の税収は」
「ないに等しいくらいのわずかなもののようです」
そうオルフェオが答える。
「では借金などは」
「調べますか?」
オルフェオが尋ねる。
「……調べてくれ」