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【完結】呪縛 〜心を呪縛された男と、体を呪縛された少年の狂恋譚〜 〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
19.ゴンドラの街

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CORRIDOIO COL CUORE SPEZZATO 失恋した廊下

 まえに住んでいた運河沿いの本邸に到着したのは、夕刻近い時間帯だった。


 運河側と陸上側の両方に入口がある屋敷。

 コルラードが舟が平気であれば運河からの入口を見せてやりたかった。

 貿易船を直接乗りつけ、積み荷を運びこむ倉庫として機能している海側の入口は、この街独特のものだ。

 男の子は好きそうだと思ったのだが、今日は陸上側の入口に案内した。


 屋敷の管理係が、玄関の扉を開ける。

 現在住んでいる当世風の屋敷にくらべて、こちらの屋敷は古いが豪奢(ごうしゃ)で広い。

 身分を持つ家としての役割と、海洋貿易商としての仕事の両方を重視したつくりだ。 

 ややして奥からオルフェオが現れる。

「約束のお時間には、少々遅れられたようですが」

「ほんの少しだろう」

 ダンテは顔をしかめた。

「ご無事なようですね」

 ダンテが脱いだ上着を受けとり、オルフェオは自身の腕にかけた。

 コルラードを横目で見る。

「おとなしくおつき合いくださり感謝いたします。コルラード様」

「この子が私に何かするとでもいうのか」

 ダンテは語気を強めた。

「そんなにツッコんでほしいんですか」

 オルフェオはダンテが外したクラバットを受けとり、上着と重ねて腕にかけた。

「できればあとはこの屋敷ですごされて、あす明るいうちに帰宅していただきたいのですが」

「分かった」

 ダンテはそう返した。

「ほかに行きたかったところはあるか?」

 コルラードに尋ねる。

「また連れてきてあげる」

 コルラードは目線をそらして、ダンテを無視した。

 オルフェオがかたわらの女中にコルラードの上着を受けとるよう指示する。

 コルラードは女中に促されて上着の留め具を外した。

「コルラード」

 ダンテは声をかけた。

 聞こえないふりなのか、コルラードは反応しない。

「コルラード様」

 オルフェオが呼びかける。


「この街は、馬を走らせるのはムリですよ。(みち)が入り組んでいてせまいですから」

 コルラードの反応にかまわずオルフェオがつづける。

「ダンテ様の乗馬の腕をご存知ならお分かりでしょうが」


「……おまえは私に恥をかかせるために待機していたのか」

 ダンテは顔をしかめた。

「コルラード様と揉めることなくすごしていただきたいと思ったものですから」

 オルフェオが涼しい顔で答える。

 コルラードはこちらに背を向けたまま、女中に上着を渡した。

 クラバットの外し方に慣れていないのか、手元をややモタモタとさせる。

 女中が外してやろうと両手を差しした。


「あ……それは」

 ダンテは思わず止めた。

「それは……私が外してやる」


 女中がこちらを向いて手を引く。

 オルフェオが表情を変えずにコルラードを見た。

 べつにおかしな発言ではないはず。ダンテはあわてて自身のセリフを一般論と照らし合わせた。

「そういえばヴィオレッタ嬢のことで何かあったのか?」

「は」

 オルフェオはこちらを向いた。

「コルラードがおまえから何か聞いていないのかと」

「ああ……」

 オルフェオがチラリとコルラードを見る。

「令嬢があなたを誉めていらした件ですかね」

「コルラードは、どこかでヴィオレッタ嬢と話したのか?」

「さあ。くわしいことは」

 オルフェオがそう答える。

「夕食は、どうなさいます」

 ダンテの上着とクラバットを持ち変えながらオルフェオが尋ねる。

「ああ……」

 ダンテはコルラードの横顔をながめた。

「部屋にいるので呼びにきてくれ」

「執事殿はこられなかったので、私がお食事のとり分けをいたしますが」

「分かった」




 二階の当主一家の生活スペース。

 ひろい廊下は、古い窓ガラスから射す陽光でおだやかに照らされている。

 濃い紅色の絨毯(じゅうたん)が敷かれた廊下。ダンテはコルラードをともない自身の私室へと向かっていた。


「ここが……」


 ダンテは廊下の一角にある渋い茶色のドアを見た。

「リュドミラと父が会っていた部屋だ」

「いやがらせですか」

 コルラードが吐き捨てる。ドアのほうはいっさい見ない。

 ダンテは苦笑しながらその様子をながめた。

 やはりもう、リュドミラへの想いはずいぶんと薄れていると感じた。

 うつくしい姿への憧れはいまでもあるが、恋というものではなかったのだろう。

 この廊下を歩いていたリュドミラの(しと)やかなうしろ姿を残像のように思いだす。



「この廊下で、十五のときリュドミラにふられた」



 そうダンテは話した。

 コルラードの表情が少し反応したように見えたが、あいかわらずドアのほうは見ない。

「まあ、むこうはただ子供を子供あつかいしただけだ。ふったうちにも入らんのだろうが」

 ダンテはつきあたりの大きな窓を見た。

 気恥ずかしい思い出のある窓だ。

 彼女に声をかける直前、あの窓に自身の姿を映して身じたくを確認した。

 まだ十五の子供であったのに、なぜあの姿が一人前の男に見えるはずなどと思っていたのか。

 コルラードは、変わらず不機嫌な表情で顔をそらしている。

「……つまらないか」

 ダンテは言った。

「私の部屋に行こうか」





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