CITTÀ DELLE GONDOLE ゴンドラの街 II
「舞台劇でも見に行くか? それとも音楽……」
ほそい石だたみの路地。ダンテは歩きながら尋ねた。
運河ぞいから路地に入ると、迷路のように入りくんだ道が続いている。
どこかに隠れて接吻するくらいはかんたんにできそうだと思ったが、コルラードの機嫌をそこねたくないので我慢した。
以前住んでいた本邸に寄ると約束した時間までには、まだ少しある。
ダンテは大運河のほうを見た。
「船が平気なら近くの島を案内してやるんだが……」
コルラードは黙って横を歩いていた。
必要以上に顔をそむけ、まったくこちらを見ようとしない。
「広場に行くか? 人が多いのであまり好きではないかと思ったんだが」
返事はない。
ダンテは苦笑した。
これが先日のウベルトの家から連れ帰った直後なら激高していただろう。
あの男のことを考えているのだと勘ぐり、コルラードを責め立てていただろうと思う。
いまは落ちついていた。
あの男のことをどれだけ忘れてくれたのだろうと考えるとつらいのだが、もう問わないと約束した。
「まあ、よそから来た人間は美しい広場だというんだが」
無難にそういったところでいいのだろうか。
しばらく行くと、路地の向こう側ににぎわう通りが見えた。
おおきく胸の開いたドレスを着た女性たちが、橋のたもとで客引きをしている。
「娼婦だらけだ」
コルラードが眉をよせる。
「ああ……」
ダンテはそう返事をして、コルラードのそっぽを向いた顔を見下ろした。
私室にいるときですら見たことがないくらいの嫌悪の口調だ。
「人口の一割が娼婦という時代もあった街だからな……」
ダンテは苦笑した。
「あなたの道徳観念がない理由がよく分かった」
コルラードがきつい口調で言う。
「いや……影響しているのか、それは」
「歩きまわっていたら知り合いに会うのでは。稚児なんか連れ歩いているのを見られてもいいのか」
「私はかまわないが……」
ダンテは苦笑いした。
「気にしすぎだろう。懇意の人物に地元の街を案内するなど、ふつうにあることだ。だれもそこまでの関係性など考えない」
「それで何がしたいんだ、あなたは」
コルラードが不機嫌そうに問う。
「逢引きだ。さきほども言った」
コルラードから顔をそらす。口元が照れなのか嬉しさなのかよく分からない感じにゆるんだ。
「きみと二人だけで歩いてみたかった」
「スタイノ家の令嬢でも連れ歩いたらいい。大喜びでついてきてくれる」
「なぜヴィオレッタ嬢だ」
「従者からなにも聞いていないのか」
コルラードがそっぽを向いたままそう返す。
「オルフェオか?」
コルラードはさらに機嫌を悪くしたのか黙りこんだ。
「ヴィオレッタ嬢と何か話したのか?」
コルラードは答えてくれなかった。
「というかそれはいつの話だ」
「道理も分からないバカ女」
コルラードが吐き捨てる。
「……何があったんだ」
ダンテは困惑した。
「お似合いだから、あちらにしたらいい」
「逢引きの最中にべつの人間と歩けと言われるのか……」
ふと、肩くらいは抱きよせてみたくて手を動かした。
これすらも嫌がるだろうか。苦笑して手を引く。
「海は嫌いだったか」
「来たのははじめてですから、なんとも」
そうなのか。ダンテはコルラードの顔を横目で見た。
海に行ったことがあるのかどうかを私室で尋ねたが、いつものごとく会話に応じてはくれなかった。
今日はすんなりと答えてくれるのだなと思う。
「あなたはよく来るのか」
「え……」
ダンテはコルラードの銀髪を見下ろした。
こちらのことを聞いてくれたのは、はじめてではないだろうか。
興味を持ってくれたのだろうか。にわかに気持ちが舞い上がる。
「たまに。こちらでの仕事もある」
「ついでに男娼を一人二人連れ帰ったらいい。僕のかわりに置けば解決だ」
コルラードが冷たく言い放つ。
「……何が解決なんだ」
「男娼なら好きなだけ性交させてくれるし、気遣いしてくれる。執務後に楽しく休ませてくれる」
コルラードは声のトーンを落として続けた。
「いちいち感情的にならなくてすむでしょう」
「……きみは、ほんとうに何も分かっていないな」




