TÈ NON TI SERVE いらない紅茶 II
「……なぜ」
「愛人におぼれた御仁がよくやることの一つですから」
オルフェオが淡々と言う。
「そのうちサインをしながら愛人の太股をさわるなどして、だんだんと公私混同がひどくなる」
「いや……私はコルラードの太股など」
肌理細やかでなめらかなコルラードの内股が脳裏にうかぶ。
暗いベッドで白く浮かび上がり、口づけるとうっすらとミルクのような甘い香りがする。
「いや……その」
ダンテは表情を取りつくろった。
「外出は、考えてみる」
「はい」
オルフェオがそう返す。
ふと、二人で出かけるならいいかと思いつく。
めずらしいものでも見せに連れて行ってやれば、よろこんでくれるだろうか。
「……海のほうは、行ったことはあるのかな」
「どうでしょうね。距離としてはさほど遠くはないですが」
オルフェオが窓の外を見る。
もといた海の街は、ちょうどそちらの方角か。
「ご本人に聞かれては」
「答えてくれるかな……。それ以前に会話に応じてくれるかどうか」
「……そんな殺伐とした雰囲気でおすごしになっているんですか」
オルフェオが顔をゆがませる。
そういえば以前、海の街の様子を人伝に聞いたようなことを言っていた。
このあたりの景色とはまったく違う。
見せてあげたら、少しは機嫌を直してくれるだろうか。
「近いうちに一日休めるか」
「執事殿と相談の上で調整はしますが」
「今回はついてくるな」
ダンテはきっぱりと告げた。
オルフェオが不可解そうな表情でこちらを向く。
付き人を申し出るだろうと予測したのは、当たっていたか。
「護衛は必要でしょう」
「おまえが来ると、どうにも温度差のある茶々を入れられる感がある」
「主人の頭に血が昇っていれば、冷静にさせるのが務めだと思っていますが」
オルフェオが答える。
「ともかく、二人だけで出かけさせてくれ」
ダンテは言った。
「私だって、いちどくらいはそういう外出をしてみたい」
跡を継ぐまえはある程度なら一人の外出も容認されていたが、ちまたの次男三男ほど自由ではなかった。
好きな相手と二人きりで外を歩いたことなどない。
「お立場は分かっていますか」
「分かっている」
ダンテはそう返した。
「私の一存では許可なんてできませんよ。執事殿から、危険な目に会うまえに跡継ぎをつくれとまた遠回しに言われるのを覚悟したほうが」
「う……」
ダンテは喉をつまらせた。
「その二人きりになるのがコルラード様では、よけいに言われるでしょうね」
「あの子が私に危害を加えるとでもいうのか」
「……よくそこまでお見事に惚けられますね」
オルフェオが目をすがめる。
「コルラード様に聞いていただきたいものだ」
そう続けながら書類をそろえる。
「以前のお屋敷には、寄られますか?」
「いや……どうかな」
「管理係を何人か残しているので、以前と同じようにすごせるかとは思いますが」
オルフェオが執務机の上に残されていた資料を重ねる。
「それでも、お食事などをなさるのなら事前に知らせておかないと」
「そこまでは考えていなかったな……」
ダンテは手を組んだ。
「そういえば、魚料理は平気かな」
「魚料理はこの屋敷でもよくお食事に出るでしょう。問題なく召し上がれるようですが、貝類などになるとよくは」
「魚料理を食べていたか」
ダンテは顔を上げた。
「ごいっしょにお食事をしたことがあるのでは?」
たしかにあるが。
コルラードと私室で食事をしたときのことをダンテは思い浮かべた。
行儀よく料理を口に運ぶ様子がかわいくて、何が出されたのかなど見てはいなかった。
「執事殿の許可がおりればですが」
オルフェオが前置きする。
「いちどあちらのお屋敷に寄ってください。最低限の安否確認はできる」
「大げさだ。よく知っている街なのに」
ダンテは苦笑した。
「付き人をつけたくないとおっしゃるのなら、それくらいは許容してください」
オルフェオが資料を手元で重ねる。
「こちらの土地にきて早々に、お一人で外出されて何があったかお忘れですか?」
「……コルラードと出逢った」
「ヴィオレッタ嬢といっしょにおかしな輩にからまれたほうの話です」
オルフェオが答える。
なぜ知っているのだ。だれも連れていなかったはずなのに。
ダンテは眉をよせた。




