SPIA VESTITA DA CAMERIERA 女中に扮したスパイ
昼近く。
用件うかがいに来た女中は、女性にしてはガッチリとした体型で背が高かった。
細面の顔にきつい細目。
表情はやや乏しく、独特の威圧的な雰囲気がある。
「なにか御用の向きがありましたら」
声は裏声のように感じられる。
コルラードはつい上から下までまじまじと見てしまったが、ウベルトの言っていた「知り合い」に特徴が一致しているのに気づいた。
「……ステラ?」
ためしに小声で尋ねる。
「はい」
女中がそう返事をした。
「聞いておりますよ。ご連絡ですか?」
「ウベルトとはどういう知り合いなんだ」
ステラは無言でコルラードを見下ろした。
「聞いて悪いのなら、むりに答えなくていいが」
「同業者です」
ステラが答える。
「ウベルトはいろいろな仕事をやっているみたいだが、どの同業だ」
「そうですねえ。金貸しの仲介なんかはやってないですねえ」
そう言うとステラは、男性のようなしぐさで腕を組んだ。ドアの縦枠に背中をあずける。
女性として取りつくろうのをやめたのだろうか。
やはり女性ではないのか。
コルラードは困惑した。
ドアの隙間から廊下をのぞき見ると、やわらかい陽が射している。
ところどころに飾られた高価な調度品が鈍く鬱金色に輝いていた。
ほかの使用人の靴音や声は聞こえず静かだ。
「ウベルトの指示でこの屋敷に入ったのか?」
「いいえ。こちらはこちらでまったくべつの仕事ですよ」
ステラが答える。
間者として潜入していたということか。
ウベルトへの連絡を取りつける者という時点で、そういった素性の者だと察するべきだった。
「ヴィラーニ家の財産やご当主を害するような目的ではないのでご心配なく」
コルラードの表情を察したのか、ステラが言う。
「いや……」
「そういう目的での潜入なら、ウベルトの用事をついでに引き受けたりはしてませんよ」
ステラがうすい唇の端を上げる。
「そうか……」
少々戸惑いながらもコルラードはそう返した。
「ウベルトと連絡をおつけになりますか?」
「それはいい。おまえにも迷惑をかけるつもりはない」
コルラードはもういちど廊下をのぞき見た。
静かだ。
朝のいそがしい時間帯がすぎて、休憩している者が多いのだろう。
「これから逃げるので、見なかったことにしてくれ」
コルラードはいったん室内にもどり、椅子にかけていた上着を手にとった。
歩きながらはおって、留め具をとめる。
「なにか言われたら、返事がなかったので寝ていると思ったとでも言え」
「それでどちらまで」
スタスタと廊下に出たコルラードを目で追いながら、ステラが尋ねる。
はっきりとしたあてはなかった。
とりあえず、かなり疎遠になっているゾルジ家の遠縁を訪ねてみようと思っている。
庭に出れば馬丁を言いくるめて馬の一頭を借りるくらいはできるだろう。
「行き先は知らないほうがいいだろう。ともかくおまえは、なにも知らなかったで通せばいい」
「ウベルトには、お一人で逃げたむね伝えたほうがよろしいですか?」
ドアの縦枠に腕をかけ、ステラが問う。
もはやしぐさは完全に男性のものだ。
「……なにも言うな」
コルラードは答えた。
あとでダンテがウベルトに言いがかりをつけるかもしれないが、誓約書を渡してある。なんとか切り抜けるだろう。
「かしこまりました」
ステラが口元に微笑を浮かべた。




